今回は長野県下諏訪町の諏訪大社下社春宮(すわたいしゃ しもしゃ はるみや)について。
諏訪大社下社春宮は下諏訪町の市街地に鎮座しています。信濃国一宮である諏訪大社の4社に列する一社で、同町に鎮座する下社秋宮と対になる神社です。
創建や歴史については、当記事では割愛。諏訪大社下社 秋宮・春宮、諏訪大社上社本宮をご参照ください。
境内は3棟の社殿が国重文に指定されており、境内の裏手には万治の石仏が鎮座しています。社殿は大隅流の名工・柴宮長左衛門らによる造営で、数多く現存する大隅流の作品の中でも傑作と名高い物件です。
現地情報
所在地 | 〒393-0092長野県諏訪郡下諏訪町大門193(地図) |
アクセス | 下諏訪駅から徒歩20分 岡谷ICから車で15分 |
駐車場 | 40台(無料) |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | あり |
公式サイト | 諏訪大社 |
所要時間 | 30分 |
備考 | 秋宮へは徒歩10分程度 |
境内
参道
春宮の境内は南向き。国道20号線に面した場所に大鳥居が立てられています。交差点の名前は「春宮大門」。
ここから社地までは数百メートルほど距離があり、後述の下馬橋の先に駐車場があります。鳥居の先にはスーパーがあり、世俗的というか生活感のある雰囲気。上社本宮とちがって、観光地的な商売っ気はありません。
鳥居は銅板でカバーされた明神鳥居。
鳥居の柱には独特な結びかたのしめ縄がついています。
これは「五根の諏訪梶」。諏訪大社下社の紋です。
下馬橋
鳥居をくぐって参道(というよりは生活道路)を進むと、道の真中に下馬橋があります。
参拝の際はここで籠や馬から降りなくてはならなかったため下馬橋という名前がついています。現在は遷座祭の神輿だけが通行できるようで、車や歩行者は橋の脇を通って進みます。
様式は桁行1間・梁間4間、切妻(妻入)、銅板葺。
社記によれば元文年間(1736~1740)の改修。三井伝左衛門の作と言われているとのこと。案内板によると“諏訪大社の中でも最も古い建築”らしいです。
正面の虹梁からは太いしめ縄が下がっています。虹梁の上の蟇股には五根の諏訪梶。
その上の妻では、板蟇股が棟を受けています。破風板の拝みには蕪懸魚。
内部では束が棟を受けています。
軒裏は一重のまばら垂木。内部に天井なく、化粧屋根裏。
橋の下には川が流れていたようです。現在は暗渠化され、水の流れる音が聞こえるだけ。
手水舎
住宅地の参道を抜け、ようやく社頭に到着。車で参拝する際は、この手前に駐車場があります。
参道の左手には手水舎。切妻、銅板葺。
柱は几帳面取り。内に転びがついています。
虹梁は無地で、その上に台輪がまわされています。中備えは平三斗。
木鼻は虹梁と台輪につけられ、禅宗様の木鼻になっています。
側面。
中備えは蟇股。妻飾りは豕扠首。
破風板の拝みには鰭のついた懸魚。一部が欠損しています。
軒裏は一重まばら垂木。内部は化粧屋根裏。
虹梁の中点から懸架材がわたされ、ふたつの懸架材が交差した点に束が立てられています。
一宮のだけあって手水は管理が行き届いています。
水盤の前面には四根の諏訪梶(上社の紋)。あまり古いものには見えませんが、なぜ五根(下社の紋)でないのか不可解です。
社頭の鳥居は石造の明神鳥居。
社号標は「諏訪大社」。
神楽殿
境内に入ると、参道の中央に神楽殿が鎮座しています。奥に見えるのは左右片拝殿と御柱。境内は鳥居・神楽殿・幣拝殿が一直線に並んでおり、非常に整然とした印象を受けます。
切妻(妻入)、銅板葺。
秋宮の神楽殿とくらべると規模が小さく、とくに文化財指定はされていないようです。
柱はいずれも角柱。柱間はガラス戸。
梁間(側面)は5間で、後方の2間は床が高くなっています。
幣拝殿
境内の奥には幣拝殿(写真中央)および左右片拝殿(左と右)が鎮座しています。
このような社殿配置は諏訪造(すわづくり)といい、当地域の近辺でしかみられない独自の様式です。
幣拝殿は桁行1間・梁間2間、楼門形式、切妻、正面軒唐破風付、檜皮葺。
造営年は1779年(安永八年)。後述の左右片拝殿や、秋宮の社殿とともに重要文化財に指定されています。
棟梁は当地の宮大工であり大隅流の名工、柴宮長左衛門矩重(しばみや ちょうざえもん のりしげ、1747~1800)。水上布奈山神社本殿(千曲市)や北熊井諏訪社本殿(塩尻市)など、国重文クラスの建築を数多く造営した人物です。
下層。
柱はいずれも円柱で、正面と左右の三方が吹き放ち。
柱のあいだには虹梁が渡されています。虹梁の唐草は非常に立体感のある造り。
中備えの彫刻は牡丹などの植物が彫られているようです。気合の入った造形ではありますが、題材が若干わかりにくいです。
柱の正面および側面には唐獅子の木鼻。唐獅子の上には牡丹の籠彫。
秀逸な彫刻だと思いますが、この迫力の造形を間近で見られるという点もすばらしいです。
下層の内部。
扉の上には竜、両脇には竹に鶏の彫刻。
丸い鏡が置かれている台にも彫刻があります。
内部の欄間にも彫刻。題材は唐獅子や牡丹など。
賽銭箱の下にも腰羽目彫刻があります。題材は波。
つづいて上層。
屋根は曲面的な形状で、様式は「切妻、軒唐破風付」。江戸後期の神社本殿によくある「流造、軒唐破風付」に似たシルエット。
上層も柱は円柱で、三方が吹き放ちです。
縁側はくれ縁がまわされ、欄干は跳高欄。
頭貫木鼻は、菊と思しき植物の籠彫。
写真中央の中備えは2頭の麒麟。
組物は二手先。持ち出された桁の下には軒支輪。
唐破風の下の小壁には竜の彫刻。破風板の拝みにも竜の彫刻が下がっています。
妻壁。弊拝殿の脇には左右片拝殿があるため、このような角度のついたアングルで見ることしかできません。
妻飾りは二重虹梁。大虹梁の上に何らかの意匠がありますが、よく見えず。
二重虹梁の上には角柱の束が立てられ、その左右には波の意匠の笈形が添えられています。
破風板の拝みには蕪懸魚。桁隠しにも懸魚が下がっています。
飾り金具には、丸に五根の諏訪梶が描かれています。
幣拝殿の両脇には袖塀があり、左右片拝殿との間をつないでいます。
垂れ幕の紋は五根の諏訪梶。
柱は角柱で、腕木を伸ばして桁を渡し、軒裏を受けています。
屋根の端部には、破風を隠す板が設けられています。
左右片拝殿
幣拝殿の左右には、片拝殿が鎮座しています。
こちらは向かって右にある片拝殿(左)。右手前の柱は一の御柱。
桁行5間・梁間1間、片流、招屋根付、檜皮葺。
造営年および棟梁は前述の弊拝殿と同様。
こちらは向かって左にある片拝殿(右)。左手前の柱は二の御柱。
反対側の片拝殿(左)をそのまま左右反転した様式・意匠になっています。
柱はいずれも円柱。正面は吹き放ちで、縁側と跳高欄があります。
縁側は切目縁。
左右片拝殿は目立った彫刻がないですが、各所に飾り金具でアクセントがつけられていて、単調にならないよう工夫されています。
柱は上端が絞られた粽柱。
柱の上部には頭貫と台輪が通り、両者に木鼻がついて禅宗様木鼻となっています。
欄間には菱形のパターンの木組みがあります。上と下とでパターンが異なっており、微妙な変化がつけられています。
屋根は切妻ではなく片流(かたながれ)。
後方には庇として招屋根(まねきやね)がつき、「へ」の字のシルエットとなっています。
寺社建築で片流はほとんど例がなく、異例中の異例と言えるほどめずらしいです。諏訪造の社殿でも、片流れの片拝殿は見たことがありません。
屋根が独特の形状のため、棟を受ける部分も独特の形状をしています。
柱から後方(写真左)に貫と腕木を伸ばし、束と組物で桁を受けています。
宝殿
幣拝殿の後方には、2棟の宝殿が鎮座しています。
諏訪大社には本殿がないため、この宝殿が実質的に本殿に相当します。
様式は切妻、茅葺。大棟には5本の鰹木と、外削ぎの千木。
御柱祭のたびに式年造替されます。
祭神はタケミナカタ、八坂刀女、事代主。案内板によると、下社は八坂刀女が主祭神とのこと。
諏訪大社下社春宮の主要な社殿については以上。
境内社や万治の石仏などについては当該記事をご参照下さい。
(訪問日2021/01/18)