甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【太子町】斑鳩寺 前編(仁王門、三重塔、鐘楼)

兵庫県太子町

斑鳩寺(いかるがでら)

2025/05/01撮影

概要

斑鳩寺は太子町の中心部の住宅地に鎮座する天台宗の寺院です。山号はありません。

創建は不明。寺伝によると606年、聖徳太子が推古天皇から当寺周辺の土地を与えられ、斑鳩宮(法隆寺夢殿の前身)から当地に移住して寺を開いたのがはじまりらしいです。発掘調査では12世紀ごろの瓦が見つかっていることから、平安後期には確立されていたと考えられます。

創建以来、聖徳太子信仰の寺院として隆盛したようですが、1537年に尼子氏が播磨国に侵攻し、それにともなう失火で1541年に伽藍を焼失しています。その後、龍野城主の赤松政秀や円勝寺(たつの市にあった)の昌仙によって、現在の三重塔などが再建されました。桃山時代には豊臣秀吉の寄進を受け、江戸時代は幕府の庇護を受けて存続しました。

 

現在の境内伽藍は室町末期から江戸時代にかけて整備されたもの。三重塔は室町末期のものが現存し、国の重要文化財に指定されています。ほか、仁王門や聖徳殿前殿などの計5棟が県の文化財に指定されています。

 

当記事では、仁王門、三重塔、鐘楼などについて述べます。

講堂、聖徳殿などについては後編をご参照ください。

現地情報

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所在地 〒671-1561兵庫県揖保郡太子町鵤709(地図)
アクセス 網干駅から徒歩40分
太子竜野バイパス福田ランプから車で5分
駐車場 10台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
寺務所 あり(要予約)
公式サイト 斑鳩寺
所要時間 20分程度

文化財情報

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重要文化財1件(1棟)

斑鳩寺三重塔

登録有形文化財2件(計2棟)

聖徳殿中殿

聖徳殿後殿

県指定文化財2件(計6棟)

・斑鳩寺庫裏及び表門 2棟
 庫裏
 表門

・斑鳩寺 4棟
 聖徳殿前殿
 鐘楼
 仁王門
 山王社

町指定文化財3件(計3棟)

斑鳩寺講堂

斑鳩寺天神社

聖霊権現社

境内

仁王門

斑鳩寺の境内は南向き。入口は住宅地の生活道路に面しています。

入口の仁王門は、三間一戸、四脚門、入母屋造、本瓦葺。

1673年(寛文十三年)再建。県指定文化財。

 

正面は3間で、中央の1間が通路となっています。

中央の柱間は広く取られ、頭貫の位置に虹梁をわたしています。虹梁中備えは蓑束。

左右の柱間には仁王像。柱間は貫でつながれています。

 

柱は円柱。隅の柱は頭貫の位置に禅宗様木鼻があります。

柱上の組物は出三斗と平三斗。左右の柱間や側面の柱間には中備えがありません。

 

左側面(西面)。

側面は2間。柱間は貫でつながれ、横板壁が張られています。

軒裏は平行の二軒繁垂木。

 

入母屋破風。

破風板には懸魚が下がり、妻飾りに虹梁大瓶束があります。

大棟に鬼瓦がありますが、妻面と屋根面の境界付近にも鬼瓦が2つ並んでいます。ここに鬼瓦を置くのは風変わりだと思います。

 

内部の通路部分。

柱間に虹梁がわたされ、出三斗で天井を受けています。

 

背面全体図。

細部の意匠は正面と同じで、ほぼ前後対称の造りです。

 

三重塔

仁王門をくぐると、右手(東側)に三重塔が鎮座しています。

三間三重塔婆、本瓦葺。全高25メートル。

 

1565年(永禄八年)再建。龍野城主の赤松政秀による寄進で再建されたもの。1950年から1952年にかけて解体修理を行ったようです。

国指定重要文化財

 

初重西面。

柱間は3間で、中央は板戸、左右は腰長押の上に連子窓が設けられています。

縁側は切目縁。初重の縁側には擬宝珠付きの欄干が立てられています。

 

中央の柱間。

組物は和様の尾垂木三手先。

組物のあいだの中備えは蓑束。蓑束の上を通る通肘木には、巻斗が置かれています。

桁下には軒支輪と格子の小天井があります。

 

西面向かって右側。

柱はいずれも円柱で、軸部には長押が多用されています。木鼻はありません。

禅宗様の意匠は使われておらず、純粋な和様建築の塔といえます。

 

二重。

二重および三重は、縁側に跳高欄が立てられています。

跳高欄の影になって見づらいですが、中央の柱間は板戸、左右の柱間は板壁。

左右の柱間の中備えは省略され、中央の柱間のみ蓑束が入っています。

 

三重。

壁面は二重と同様に、中央が板戸、左右が板壁です。

中備えは、いずれの柱間も省略されています。

軒裏はいずれの重も平行の二軒繁垂木です。

 

頂部の相輪。

露盤には格狭間の意匠があります。その上は、伏鉢、反花、九輪、水煙、竜車、宝珠とつづく標準的な構成。

 

鐘楼

三重塔の北側には手水舎と鐘楼があります。こちらは手水舎。

桁行2間・梁間1間、切妻造、本瓦葺。

 

柱は面取り角柱。柱間は貫でつながれ、頭貫と台輪に禅宗様木鼻があります。

柱上の組物は大斗と実肘木を組んだもの。

妻飾りは虹梁大瓶束。

 

手水舎の奥には鐘楼が西面しています。

桁行3間・梁間2間、入母屋造、本瓦葺。袴腰付。

鬼瓦の銘より、1592年(天正二十年)に赤松広英(斎村政広)によって再建されたものと考えられます。1693年(元禄六年)に礎石や柱を新調するなどの修理が行われ、現在の姿になっています。*1

県指定文化財。

 

上層西面。

柱間は3間あり、左右の柱間には緑色の連子窓が設けられ、中央の1間は壁や建具がなく吹き放ちです。

縁側はくれ縁で、擬宝珠付き欄干が立てられています。

軒裏は平行の二軒繁垂木。

 

柱は円柱。軸部は長押で固められています。

柱上の組物は出三斗。実肘木を使わず、軒桁を直接受けています。中備えはありません。

 

北面。

こちらは柱間2間で、2間とも連子窓。

中備えに撥束が使われています。

 

入母屋破風。

妻飾りには大瓶束が使われ、組物を介して棟木を受けています。

破風板の拝みには蕪懸魚。

 

縁の下。

下層の柱は面取り角柱が使われ、大斗と舟肘木(通肘木)を組んだ簡素な組物で縁の下を受けています。

 

仁王門、三重塔、鐘楼などについては以上。

後編では講堂、聖徳殿などについて述べます。

*1:太子町教育委員会の案内板より