世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

【岡谷市】賀茂神社 ほか ~岡谷市北部の小ネタ集~

今回は長野県のマイナー観光地ということで、岡谷市北部の小ネタについて。

 

 

出早雄小萩神社

〒394-0011長野県岡谷市市長地出早2-2(地図)

参道

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出早雄小萩神社(いずはやお こはぎ-)は岡谷市の北の端、国道20号バイパスの道沿いに鎮座しています。道路から少し距離を置いた場所に、そこそこの大きさの鳥居が立っているので見逃すことはないでしょう。

ちなみに、境内は諏訪盆地北端の高台にあるので諏訪湖を一望でき、天気によっては富士山をまずまずな大きさで見ることができます。

 

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参道を数十メートルほど進むと、拝殿の前にある神楽殿(あるいは舞屋)にいきあたります。

神楽殿は鉄板葺の入母屋(平入)。拝殿のほう(写真奥側)は桁の間に柱がないので、向こう側が正面でこちらが背面でしょう。

鳥居・神楽殿・拝殿・本殿が一直線に並んだ境内は、岡谷市内だと十五社神社(今井)や東堀正八幡宮(通称・柴宮)などがあり、とくに珍しくはありません。

 

拝殿・本殿

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拝殿は鉄板葺の入母屋(平入)で、正面に千鳥破風(ちどりはふ)、向拝は軒唐破風(のき からはふ)付き。

社殿の四囲には御柱が立てられています。なお、社名にある出早雄(いずはやお)というのは諏訪大社の祭神であるタケミナカタの子です。

 

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向拝の軒下。

唐破風の上に載っている鬼板は、鳥衾(上から突き出ている棒みたいなやつ)が3本ついています。板に描かれた紋は「諏訪梶」で、根が5本あるのでこれは諏訪大社下社の紋です。

唐破風の破風板から垂れ下がる兎毛通(うのけどおし)は鳳凰。虹梁(こうりょう)の中央は龍ですが、その上は題材不明。虹梁の両端の木鼻は唐獅子と象です。

この辺の彫刻は立川流や大隅流の定番といえる題材と配置になっていますが、案内板などがないので棟梁は不明です。

 

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拝殿はなかなか立派ですが、本殿は残念ながら塀と覆いに阻まれていて拝むことができません。よって解説のしようもありません...

調べたところ内部には2つの本殿があるようで、一方が出早雄神社、もう一方が小萩神社といい、両者をあわせて出早雄小萩神社という社名になったとのこと。

 

以上、出早雄小萩神社でした。

(訪問日2019/04/20)

 

観音堂(今井)

〒394-0001長野県岡谷市今井37(地図)

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出早雄小萩神社から西へ向かい、市街地へ出ようとすると道沿いから大きな入母屋屋根が見え、公民館や公園と併設される形で観音堂が建っています。

敷地内にある石碑を見てみると小学校跡地とあったので、ここはもともと寺子屋だったと思うのですが、住職が居るような建物は近辺に見当たりません。廃寺になったのでしょうか。

 

観音堂は銅板葺の入母屋(平入)で、向拝は軒唐破風付き。この辺の寺社にしては彫刻は控えめで、質素な印象です。

 

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堂内には入れなかったですが、正面のガラス戸から中を覗き込むと立派な仏像が鎮座しています。案内板(岡谷市教育委員会)によると「木造聖観音坐像(もくぞう しょうかんのん ざぞう)」という名称とのこと。年代については「江戸初期の京仏師の作と思われる」という旨が書かれていました。

おそらく村の鎮守といったポジションの仏像だと思いますが、それにしてはやや大きめに造られています。

信心のない私をもってしても、それなりに有難さを感じるくらいの立派さ。こんな立派な仏像を無人の堂内に、いつでも誰でも外から見られるところに置いておいて防犯的に大丈夫なのだろうかと少々心配になってしまいます。

 

この観音堂との関連性は不明ですが、すぐ正面には旧中山道が通っており、近くにある今井家には和宮や明治天皇も小休のため立ち寄ったとのこと。

 

以上、観音堂(今井)でした。

(訪問日2018/09/16)

 

賀茂神社

〒394-0003長野県岡谷市加茂町3-6-8(地図)

参道

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賀茂神社(かも-)は岡谷市の北西部の住宅街に鎮座しています。

岡谷市街の北側は大部分が緩やかな斜面になっているのですが、賀茂神社はほぼ平地となった場所で南向きの境内が伸びています。

なお、訪問時(2019/10/05)、参道は石畳の修復工事中でした。なので以下は約1年前の写真になります。

 

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参道を進むと二の鳥居があり、その先には立派な弊拝殿が見えてなかなか格好良い絵になります。

なお、写真にうつっていないですが二の鳥居の右側には手水舎があります。

 

弊拝殿・左右片拝殿および本殿

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参道を進むと、中央に弊拝殿が、その左右に切妻の片拝殿が並び立っています。この配置は諏訪大社(本宮と秋宮・春宮)とよく似ており、諏訪造(すわづくり)というタイプの社殿配置です。

本来の諏訪造は中央の弊拝殿も切妻屋根なのですが、弊拝殿が入母屋であるこの賀茂神社も広義の諏訪造と言っていいでしょう。

左右の片拝殿は正面2間・側面1間で、片拝殿としては標準的な規模。上社本宮に近い構成で、特に屋根の造りがよく似ています。

 

賀茂神社なので諏訪大社とはあまり関係なさそうですが、社殿の周囲にはやはり御柱が立てられています。これは諏訪地域ではよくあることです。

 

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弊拝殿は銅板葺の入母屋(平入)で、正面に千鳥破風、向拝は軒唐破風付き。前述の出早雄小萩神社の拝殿と同じ造りです。

 

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弊拝殿の向拝の軒下。彫刻を保護するため、緑色の網が掛けられています。

懸魚の下は鳳凰、鈴に隠れて見えないですが虹梁の中央は龍、虹梁の両端の木鼻は唐獅子と象。これもまた前述の出早雄小萩神社と同じ配置です。

 

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なお、本殿は覆いの中にあるだけでなく、塀に阻まれて近づくことさえできません。よって解説不可能でございます...

 

以上、賀茂神社でした。

(訪問日2018/09/16,2019/10/05)