世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

【千曲市】水上布奈山神社の本殿を徹底解説

今回は長野県のマイナー観光地ということで、千曲市の水上布奈山神社(みずかみふなやま-)について。

 

水上布奈山神社は、千曲市戸倉の市街地に鎮座しています。

創建は1603年で神社としては新しい部類ですが、諏訪の名工・柴宮長左衛門の手掛けた豪華絢爛な本殿(1789年建立)は国重文に指定されています。

今回は氏子の方々のご厚意で覆いの中に入らせてもらえたので、素晴らしい本殿をあらゆる角度から鑑賞しつつ、解説したいと思います。

 

 

現地情報

所在地 〒389-0804長野県千曲市大字戸倉1990(地図)
アクセス

戸倉駅から徒歩10分

更埴ICまたは坂城ICから車で20分

駐車場 5台程度(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 20分程度

 

境内

鳥居と拝殿

f:id:hineriman:20191002100336j:plain
水上布奈山神社は、国道18号線を折れて戸倉・上山田温泉へ向かう途中の道沿いにあります。境内は玉垣に囲われ、南向きです。

鳥居は赤い両部鳥居で、太くて長いしめ縄が印象的。扁額は「水上布奈山神社」。

 

f:id:hineriman:20191002100400j:plain

鳥居をくぐって進むと2本の御柱が立っており、その向こうに拝殿と覆い屋が見えます。

御柱があるので、諏訪大社の系統であることがわかります。祭神はタケミナカタで、1835年までは「諏訪社」と呼ばれていたとのこと。

なお、訪問時、境内は掃除中でした。

 

f:id:hineriman:20191002100422j:plain
門の脇の戸をくぐると拝殿があります。

そして拝殿の裏には、本殿が収められた覆い屋があります。

 

覆い屋は、平常時は正面のシャッターが半開きになっていて、フェンス越しに本殿を拝むことができるようです。

ですが今回はちょうど居合わせた氏子の方々が、「見てくかい?」と余所者の私に気さくに声をかけて下さり、なんとも有難いことに、普段は入れない覆いの中に入れさせて貰えました!

 

本殿の概観

f:id:hineriman:20191002100526j:plain

こちらが覆い屋の中にある本殿です。

建築様式は、こけら葺きの一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)、向拝は軒唐破風(のき からはふ)付きです。木材はケヤキを使用しており、総欅造りとのこと。

1789年の再建で、棟梁は柴宮長左衛門矩重(しばみや ちょうざえもん のりしげ)。大隅流の大工であり、諏訪大社下社春宮を造営したことで知られています。

 

写真では伝わりにくいですが、この本殿、異様に大きいです。

一間社というのは神社建築では最小規模の様式であるのですが、正面の幅が3メートル以上もあり、とても一間社とは思えない迫力。

覆い屋はかなりの大きさなのですが、本殿も大きいため、全体像を一枚の図に収めることができません...!

 

f:id:hineriman:20191002100646j:plain

本殿正面の階段。

階段は角材を使用した木階(きざはし)という、正式な造りです。これだけ大きい本殿ともなると角材も大きく、経年による痩せでちょっと隙間が目立ちます。

浜床(階段の下の床のこと)は、木材の木口の様子からして新しいもののようです。

 

f:id:hineriman:20191002100705j:plain

本殿の左右にはデッキがあり、登ると本殿をより間近で鑑賞できます。写真は本殿左側面の縁側。

壁は、板を水平に貼った横板壁。縁側の床板は、壁面と直行に貼った切目縁(きれめえん)。

高欄(手すりのこと)は、縁側の端のぎりぎりではなく、ちょっと余裕を持たせた位置に立てられています。

 

f:id:hineriman:20191002100748j:plain

背面。

母屋の柱は、床上はもちろんのこと、床下まで円柱です。

 

寺社の柱は、成形の手間を惜しんで「床上は円柱だが床下は八角柱」といった横着をしていることが多いです。また、江戸期の神社本殿は、目立つ彫刻ばかりに趣向を凝らして他は手を抜いてしまうきらいがあります。

ですが、この水上布奈山神社の本殿からは、横着や手抜きのあとが一切見当たらないです。

 

f:id:hineriman:20191002100817j:plain

本殿右側面から床下を見た図。

母屋を構成する円柱に四角い凹みがつけられているのが気になりますが、使途は不明。

ちなみに、履いている靴のサイズをもとに母屋背面の柱間を測ってみたところ、だいたい3メートルでした。縁側や屋根の大きさも含めれば、本殿全体のサイズは縦横ともに4メートルはあることでしょう。

 

本殿の概観については以上。

 

本殿の彫刻

続いて本殿の彫刻の話題になります。

覆い屋の入口にあるスイッチを押すと、彫刻についての懇切丁寧な解説音声が5分以上にわたって流れます。私自身、彫刻には詳しくないので当項目の大半は受け売りです。

f:id:hineriman:20191002100916j:plain
正面の向拝の、唐破風部分の軒下には鳳凰、その下には松に鶴が2羽。

つがいの鶴を見ると、古典落語の演目の『つる』を思い出すのは私だけでしょうか...?

 

鶴の下にある水平材は虹梁(こうりょう)といい、波のような意匠の彫刻が施されています。

虹梁の両端を見ると、手前には唐獅子が、左右には象が彫られています。この部分は、木鼻(きはな)と言います。

この写真だと左の象は死角になって写っておらず、右の象は鼻先が見切れてしまいました...

 

f:id:hineriman:20191002100943j:plain

向拝(虹梁)と母屋をつなぐ部材には、躍動感あふれる上り龍が彫られています。なお、反対側は下り龍になっています。

その上のほうで屋根の垂木を受けているのは、立体的な籠彫(かごほり)の手挟み。題材は、菊です。

 

f:id:hineriman:20191002101005j:plain

正面の扉の両脇に彫られた人物像は、寒山拾得(かんざんじっとく)。右側で経典をひろげているのが寒山、左側でほうきを持っているのが拾得です。

中国の唐の時代の仏教僧で、2人とも非常に教養の深い人物なのですが、残飯を漁って乞食に等しい生活をするなど数々の奇行が伝説に残されています。

古代ギリシャでいうところのディオゲネス、日本でいうところの一休さんみたいなキャラクターですね。

 

f:id:hineriman:20191002121042j:plain

正面の階段の右脇には、蘇鉄(ソテツ)に兎。なお、階段の左側には彫刻はありませんでした。

縁の下の貫(ぬき)の木鼻には、牙をむいた唐獅子の彫刻。

f:id:hineriman:20191002121107j:plain

前述したように本殿は巨大で、縁側の高さは1.5メートルくらいあります。人間の目線に近い高さに唐獅子がいくつも配置されているため、本殿の脇を歩くとものすごく睨まれている感じがします...

 

f:id:hineriman:20191002121155j:plain

下から見上げないと見えないような場所にも、精緻な彫刻が配置されています。

写真は右側面の縁の下で、中央の彫刻は松に山鵲(さんじゃく)。

その下の梁にも、植物のツルのような彫刻が立体的に造形されています。

 

f:id:hineriman:20191002121220j:plain

縁側の終端には、脇障子(わきしょうじ)という仕切りが立てられており、ここには「竹林の七賢人」が彫られています。本殿右側には七賢人のうちの3人が、

f:id:hineriman:20191002121238j:plain

反対の左側には、あとの4人が居ます。

竹林の七賢人は中国の三国時代の知識人で、政府や社会を痛烈に批判しました。当時、政権批判は重罪になるわけですが、酒や奇行を隠れ蓑にして、追及を巧妙にかわしたことで知られています。

 

f:id:hineriman:20191002121259j:plain

七賢人の脇障子の上には、上り龍と下り龍の彫刻が配置されています。

写真は左側面の下り龍。右側面は上り龍になっています。

らせん状にねじれた躍動感あるポーズ。よく観察すると鱗の微細な模様まで造形されており、力強さだけでなく精緻さも兼ね備えています。

 

f:id:hineriman:20191002121317j:plain

本殿右側面の小屋組部分。

いちばん上の彫刻は唐獅子。梁をはさんで下には竹藪に虎(?)。

さらに梁をはさんだ下は菊水。その下は波に亀。その下の木鼻には眼光鋭い唐獅子。

 

f:id:hineriman:20191002121409j:plain

背面側にも、手抜かりなく彫刻が配置されています。

いちばん上の欄間は波、その両脇の木鼻は象。脇障子は裏面も丁寧に造形されていて、題材が竹林であることがはっきりとわかります。

 

f:id:hineriman:20191002121432j:plain

背面の床下。

さすがにこの辺りはシンプルですが、縁の下の貫の木鼻には、寺社の彫刻ではあまり見かけない雉(キジ)が配置されています。

 

彫刻の解説は以上。

本殿はとても一間社とは思えない大きさで、これだけでも驚きです。ですが各所には豪快かつ繊細な白木の彫刻が生半可でない密度で配置されており、贅の限りを尽くした豪奢な外観は、圧倒的としかいいようがありません。

名工・柴宮長左衛門の傑作であるのはもちろんのこと、江戸後期の神社建築の白眉と言って過言でない一棟です。

 

そして文末になってしまいましたが、アポもなく訪れた私を気前よく覆い屋の中に入れて下さった氏子の皆様に、厚く御礼申し上げます。

 

以上、水上布奈山神社でした。

(訪問日2019/09/14)