今回は長野県松本市筑摩(つかま)の若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)について。
若宮八幡社は松本市中心部の住宅地に鎮座しています。
創建は不明。もとは松本城二の丸に祀られていた鎮守社で、深志城(松本城の前身)は小笠原氏によって永正年間(1504-1521年)に築造されたため、当社はそのときに勧請されたと推察されます。1585年(天正十三年)には城主の小笠原貞慶が松本城の拡張を計画*1していて、現在の当社本殿はこのころに造られたものとされます。1670年(寛文十年)には新しい本殿*2が造営され、それにともなって旧本殿が現在地に移転となりました。棟札によると1805年(文化二年)に「棟揚」(解体修理のことと思われる)が行われています。
現在の境内は、鳥居、拝殿、本殿だけの簡素かつ小規模な内容です。本殿は桃山時代の松本城二の丸の遺構であることから、棟札とともに国指定の重要文化財となっています。
現地情報
| 所在地 | 〒390-0821長野県松本市筑摩3-6-2(地図) |
| アクセス | 松本駅から徒歩40分 松本ICから車で20分 |
| 駐車場 | なし |
| 営業時間 | 随時 |
| 入場料 | 無料 |
| 社務所 | なし |
| 公式サイト | なし |
| 所要時間 | 5分程度 |
境内
鳥居と拝殿

若宮八幡社の境内は南向き。境内は住宅地の生活道路に面した場所にあります。境内の東側は公園になっています。
入口の鳥居は木造明神鳥居。右に45度ほどずれた南東の方角を向いています。扁額は「若宮八幡社」。

拝殿は、切妻造、銅板葺。
柱は角柱。正面中央には格子戸、ほかの柱間には格子の窓が設けられています。
組物や中備えなどの意匠はありません。

内部。
天井はなく、化粧屋根裏です。ほか、目立った意匠はありません。
左奥(写真中央右)には神棚らしき構造物があります。
本殿

拝殿の後方には、瑞垣に囲われた本殿があります。祭神は仁徳天皇。
一間社流造、こけら葺。
国指定重要文化財*3。

年代は不明ですが、桃山時代の1585年頃の造営と考えられます。
また、当初この本殿は松本城二の丸に西向きに鎮座していたことが部材の墨書から判明しています。1670年(寛文十年)に松本城二の丸の本殿を新しく造営した記録があり、旧本殿となった社殿が当社本殿にあたるため、当社本殿は遅くとも1670年には現在地に移築されていたようです。

拝殿の軒下には、本殿の文化財指定について書かれた額が掲げられています。内容は以下のとおり。
建第一二三五号
重要文化財指定書
若宮八幡社本殿 一棟
一間社流造、こけら葺
附 棟札四棟(※原文ママ)
葺替宝暦十一年辛巳八月八日の記があるもの
葺替天明元年閏五月吉日の記があるもの
棟揚文化乙丑年九月十二日の記があるもの
葺替文化乙丑年九月二十日の記があるもの
右を重要文化財に指定する
昭和二十八年八月二十九日
文化財保護委員会
1761年(宝暦十一年)、1781年(天明元年)に屋根の葺き替えが行われ、1805年(文化二年)には「棟揚」とあるため解体修理と葺き替えが行われたようです。

向拝は1間。
柱間には無地の虹梁が通り、しめ縄がかけられています。

虹梁下面には錫杖彫があります。
中備えは透かし蟇股。彫刻は入っていません。巻斗と実肘木で軒桁を受けています。

向拝柱は面取り角柱。側面には繰型のついた木鼻があります。
柱上の組物は連三斗。

向拝柱と母屋柱とのあいだには、海老虹梁がわたされています。向拝側は組物の上から出て、母屋側は組物の肘木の位置に取りついています。

母屋の正面には小さな縁側が設けられ、5段の階段の下にも浜床が設けられています。
欄干などの意匠はありません。

母屋は正面側面ともに1間。正面は桟唐戸で禅宗様の意匠、側面は横板壁です。
扁額は「若宮神社」。


母屋柱も面取り角柱が使われています。
軸部は貫と長押で固められ、頭貫には禅宗様木鼻。
柱上の組物は出三斗。中備えの意匠はありません。

妻飾りは、大瓶束の左右に扠首竿を添えた意匠。
このような大瓶束と豕扠首の中間のような意匠は、長野県内の神社本殿でときどき見られる意匠です。例を挙げると、同市の南方諏訪神社本殿(1752年)と八坂神社本殿(1745年)、千曲市の武水別神社摂社高良社本殿(室町後期)などがあります。

破風板の拝みには猪目懸魚。
桁隠しの懸魚はありません。

床下。
柱や縁束は、土台の横木の上に据えられています。

背面。
柱間は横板壁で、側面と同様に中備えはありません。

左側面(西面)。

本殿向かって右側(東側)には境内社が2棟並立しています。
2棟とも、見世棚造、一間社流造、板葺。
以上、若宮八幡社でした。
(訪問日2025/02/15)