甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【宇治市】宇治上神社 後編(本殿と境内社)

今回も京都府宇治市の宇治上神社について。

 

前編では拝殿について述べました。

当記事では本殿と境内社について述べます。

 

本殿

拝殿の後方、境内上段には本殿が鎮座しています。

上の写真は本殿の覆屋に相当する建物で、内部に3棟の本殿(内殿)が並立しています。覆屋部分と内殿部分は一体化した構造になっていて、覆屋と内殿3棟とをあわせて「本殿」1棟としてあつかわれます。

神社本殿としてやや特異な形式ですが、内殿は3棟とも流造(神社本殿でもっとも多い建築様式)となっています。また、覆屋も外観は流造に準じた造りです。

 

平安後期の造営(推定)。「宇治上神社本殿」として国宝に指定されています。

詳細な年代は不明ですが、奈良文化財研究所などによる年輪年代測定調査(2004年)では、1060年頃の建築だとする結果が出ています。

現存最古の神社建築と考えられ、建築史的にきわめて価値の高い遺構です。

 

覆屋は、桁行5間・梁間3間、五間社流造、檜皮葺。

 

正面中央。扁額は「正一位離宮大神」。

柱は角柱で、柱上な舟肘木。柱間には長押が打たれ、長押の上は菱組の欄間。

庇の軒裏は二軒まばら垂木。

 

左側面(西面)。

側面は3間。写真左の2間が母屋部分で、右の1間(中間に短い柱が入っているため2間にも見える)が向拝部分です。

壁面は白壁が張られ、連子窓が設けられています。

縁側は設けられていません。

 

母屋の前方の柱。

大面取り角柱が使われ、柱上に出三斗のような組物が使われています。

母屋の軒裏(中央上)は一重まばら垂木ですが、垂木の密度が庇の軒裏(右上)と異なります。

 

母屋の後方の柱。

柱の上部に長押が打たれ、柱上は舟肘木を介して軒桁を受けています。

 

母屋前方の柱間(写真右)には、虹梁のような部材がわたされています。

妻面には無地の虹梁がわたされ、妻飾りは豕扠首。

破風板の拝みと桁隠しには猪目懸魚。

 

背面。

こちらは円柱が使われ、軸部の固定に長押が多用されています。

柱間は横板壁。

 

覆屋正面の格子戸をのぞき込むと、3棟の内殿が見えます。内殿は3棟とも、一間社流造。

 

こちらは中央に鎮座する中殿で、祭神は誉田別命(応神天皇)。

側面2間に見えますが、これは向拝部分の側面に壁が張られているためで、この壁を無視すれば通常の一間社流造(母屋は正面側面ともに1間)の構造です。

向拝柱は面取り角柱、母屋柱は円柱が使われ、柱上は舟肘木。向拝柱の上部には長押が打たれ、長押の上は中備えのない白壁で、下は菱組みの欄間。

ほか、母屋正面の板戸や、妻面の豕扠首が観察でき、純粋な和様建築であることがわかります。

 

向かって右は左殿*1。祭神は菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)。

右側の壁面は覆屋の壁と一体に造られています。中央奥には板戸が見え、その手前は階段。階段の下には、跳高欄の立てられた縁側があります。

左殿および右殿は、中殿よりも規模が大きく、細部意匠も凝った造りとなっています。

 

向拝柱は大面取り角柱で、柱上は平三斗。

角柱は、面取りの幅が非常に大きいです。面取りの幅は年代推定の指標になる要素のひとつで、古い建築ほど幅が大きくなる傾向にあります(参考:寺社建築の柱の見かた#角面取り)。

組物は後世のものとくらべると、斗が小ぶりなバランスで造られています。

 

虹梁(頭貫)の上の中備えは透かし蟇股。

このように内側が繰りぬかれた蟇股(透かし蟇股)は平安後期に出現する意匠で、この蟇股は最古級の透かし蟇股といえます。

内側には曲線を組み合わせた形状の彫刻が入っています。このような彫刻は、鎌倉時代の透かし蟇股でよく見られる意匠で、最初期の透かし蟇股は内側に彫刻が入りません*2。この彫刻は、後世に付け加えられた部材の可能性があります。

 

向かって左は右殿。祭神は仁徳天皇。

こちらも左殿と同様の構造。見切れてしまっていますが向拝柱は大面取り角柱で、柱上は平三斗。向拝柱のあいだには頭貫がわたされ、その下側には菱組みの欄間が張られています。

 

右殿の中備えの蟇股。

繰りぬかれた内側には、山の字に似たシルエットの彫刻が入っています。この彫刻も後補の可能性があります。

左殿のものとくらべると厚ぼったい造形で、古拙な印象を受けます。

 

春日神社

本殿向かって右には、摂社の春日神社が並立しています。

一間社流造、檜皮葺。

鎌倉後期の造営と考えられます。「宇治上神社摂社春日神社本殿」として国指定重要文化財

 

向拝は1間。

 

頭貫の上の中備えは透かし蟇股。

蟇股の内側には花のような曲線状の輪郭をした彫刻がありますが、鎌倉時代のものにしては造形が複雑だと思います。内殿の蟇股のように、こちらも内側の彫刻は後補かもしれません。

 

向拝柱は大面取り角柱。面取りの幅が大きく、非常に古風な造り。

柱の外側(写真左)には斗栱が出て、連三斗の肘木を持ち送りしています。

柱上の組物は連三斗。実肘木は使われず、斗が軒桁を直接受けています。

 

向拝の組物の上には繋ぎ虹梁が乗り、母屋柱の上部に取りついています。

破風板の桁隠しは猪目懸魚。

 

向拝と母屋のあいだには、角材の階段が7段。

昇高欄の下側の親柱は擬宝珠付き。

 

母屋は正面側面ともに1間。正面にすだれがかり、奥まった位置に扉が設けられています。

母屋柱は円柱。柱間には長押が打たれ、柱上は舟肘木で軒桁を受けています。

母屋正面の中備えは蟇股。内側には若葉と花の彫刻が入っています。こちらの彫刻も、鎌倉時代にしてはかなり凝った造形に見えます。

 

側面の柱間は白壁。

縁側はくれ縁が3面にまわされ、欄干は跳高欄。側面後方には脇障子を立てています。

 

側面は中備えの意匠がありません。

妻虹梁の上には大瓶束。

破風板の拝みと桁隠しは猪目懸魚。

 

末社

春日神社の右手には末社の住吉社と香椎社が並立しています。

 

住吉社は、一間社切妻、檜皮葺。

柱は円柱、柱上は舟肘木。母屋正面の奥まった位置に扉が設けられています。

妻虹梁の上には束が立てられています。破風板には猪目懸魚。

 

香椎社は、見世棚造、一間社流造、檜皮葺。

府指定有形文化財。

向拝柱は角柱、母屋柱は円柱で、柱上は舟肘木。向拝虹梁に木鼻がついていますが、中備えはありません。

 

母屋の手前には板床が張られ、見世棚となっています。

 

母屋の柱間は長押でつながれています。

妻虹梁の上には豕扠首。破風板の拝みは猪目懸魚。

 

宇治上神社本殿向かって左側には末社の厳島社。

見世棚造、一間社隅木入り春日造、檜皮葺。

府指定有形文化財。

 

入母屋破風は板でふさがれ、破風板の拝みに猪目懸魚が下がっています。

大棟鬼板には橘の意匠があります。

 

向拝柱は糸面取り角柱。江戸時代以降の技法です。

柱上は舟肘木。柱間に虹梁などの懸架材はありません。

 

向拝柱と母屋柱とのあいだには、繋ぎ虹梁がわたされています。

母屋柱は円柱。柱上は舟肘木。

母屋柱の上から斜め前方に隅木が出ていて、正面側の軒裏は入母屋に似た構成となっています。

 

右側面および背面。

中備えはありません。

背面は完全な切妻になっていて、妻虹梁の上に豕扠首があります。懸魚は使われていません。

 

厳島神社の左側、境内北端の区画には武本稲荷社が南東向きに鎮座しています。

 

武本稲荷社は、見世棚造、一間社流造、こけら葺?。

府指定有形文化財。

向拝柱は糸面取り角柱。虹梁に象鼻がつき、中備えは蟇股。

 

母屋柱は円柱。柱上は舟肘木。

妻虹梁には絵様が彫られ、束で棟木を受けています。

 

以上、宇治上神社でした。

(訪問日2024/12/06)

*1:神座から見て左側にあるため

*2:『古建築の細部意匠』p.120、近藤豊、1972年、大河出版