甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【橿原市】入鹿神社(正蓮寺大日堂)

今回は奈良県橿原市の入鹿神社(いるか-)について。

 

入鹿神社は市中央部の住宅地に鎮座しています。

創建は不明。仏起山普賢寺(真言宗高野山派)という寺院の鎮守社として創建されたようです。室町末期以降、普賢寺は近隣の今井町(称念寺など)を中心とする浄土真宗の勢力に押される形で衰退し、明治期の廃仏毀釈で廃寺となりました。残された本堂は正蓮寺の管理下に置かれたのち、地元住人によって買い取られ正蓮寺大日堂(しょうれんじ だいにちどう)として保存されています。入鹿神社は普賢寺の廃寺を受けて、独立した神社になりました。

近辺は蘇我氏の発祥の地とされ、蘇我入鹿を祀る本殿は市指定文化財となっています。また、入鹿神社に隣接する正連寺大日堂は室町後期の密教本堂の遺構として貴重で、国重文に指定されています。

 

現地情報

所在地 〒634-0811奈良県橿原市小綱町335(地図)
アクセス 大和八木駅から徒歩15分
橿原高田ICから車で10分
駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

拝殿

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入鹿神社の鳥居や社殿は西向き。めずらしい方角を向いています。

左に見えるのは正蓮寺大日堂、右奥が入鹿神社拝殿。

鳥居は石造の明神鳥居。扁額は「入鹿神社」。

 

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拝殿は切妻、向拝1間・切妻(妻入)、桟瓦葺。

 

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向拝部分には木鼻などの意匠はなく、非常に簡素。

向拝柱は角柱、柱上は舟肘木。虹梁にも唐草や眉欠といった意匠はありません。内部は格天井が張られています。

切妻破風には黒い木連格子。見切れてしまっていますが、破風板の拝みに懸魚はありませんでした。

 

本殿

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拝殿の後方には瑞垣に囲われた本殿が鎮座しています。

一間社春日造、檜皮葺。

江戸初期の造営と考えられています(橿原市のホームページより)。市指定文化財

祭神は蘇我入鹿とスサノオ。この2柱の木像が神体として内部に安置されているようです。

 

蘇我入鹿を祀った神社は全国でも当社だけのようで、当地に隣接する橿原市曽我町(そがちょう)は蘇我氏の発祥地という説もあるとのこと。

中大兄皇子と中臣鎌足は入鹿の暗殺を皮切りにして大化の改新を進めることで、後世につながる国家の体勢を整えていった歴史があるため、入鹿は逆賊として扱われることが多いです。しかしこれは中大兄皇子らの視点から見た場合であって、これだけで入鹿が一概に悪であるとは言い切れません。

境内に置かれていたパンフレット(小綱町文化財保存会)によると、蘇我入鹿は小野妹子とともに遣唐使として大陸へ留学した経験もあり、中臣鎌足に並ぶほどの秀才だったため、この入鹿神社は学業の神として信仰されているとのこと。

 

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向拝は1間。

虹梁にはしめ縄が掛けられています。

 

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向拝柱は角柱。面取りのC面の幅はあまり大きくなく、そこまで古くはないと推察できます。

側面の木鼻は象鼻。深く入り組んだ形状で繰り取られ、木口は黄色く塗り分けられています。

柱上の組物は連三斗。木鼻の上にのった小さい巻斗を介して持ち送りされています。

 

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虹梁中備えは蟇股。はらわたの彫刻は彩色され、題材は鶴。

造形はそこまで凝ったものではないですが、鮮やかに彩色されていて安土桃山期から江戸初期の作風です。

 

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向拝柱と母屋はまっすぐな梁でつながれています。

軒裏は二軒繁垂木。隅木(母屋から斜めに伸びる材)がなく、古式の純粋な春日造となっています。

 

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母屋正面の扉は板戸。

扉の前には7段の階段が設けられていますが、階段の材が直角三角形の断面になっています。たいていは四角い角材をそのまま使います。

 

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右側面(南面)。

母屋柱は円柱。頭貫には木鼻。組物は出三斗。

中備えは蟇股。こちらの蟇股はいちおうの彫刻がありますが、造形が簡素で彩色はされていません。

 

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縁側は正面と左右の計3面にまわされています。欄干は跳高欄、背面側は脇障子を立ててふさがれています。

母屋柱は礎石の上に建てられ、床下も円柱に成形されています。

 

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背面。こちらは中備えに蟇股がありません。

妻飾りの意匠は豕扠首。

破風板の拝みと桁隠しには猪目懸魚が下がっています。

 

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屋根の上には外削ぎの千木と、鰹木が2つ。

鬼瓦の紋はかすれているうえ、見慣れない形状をしていて識別できず。

 

正蓮寺大日堂

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入鹿神社の敷地の北側には、正蓮寺大日堂が南向きに鎮座しています。

大日堂は桁行3間・梁間3間、寄棟、本瓦葺。

棟札より1478年(文明十年)上棟国指定重要文化財

本尊の大日如来坐像は鎌倉時代の作とされ、こちらも国指定重要文化財。

 

中世の寺院建築に見られる、いわゆる密教本堂の例のひとつ。

案内板(橿原市)によると“前面一間を礼拝堂とし後方二間の内陣後方寄りに四本の柱に囲まれた厨子を設け本尊を安置する”とのこと。時代的にも構造的にも當麻寺薬師堂(葛城市、1447年)とよく似ていて、5間四方の構造をした不動院本堂(大和高田市、1485年)や瑞花院本堂(橿原市、1441年)を簡略化したバージョンとも言えます。

 

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母屋正面は3間。いずれの柱間も両開きの桟唐戸で、扉の内側は格子戸になっています。

柱間の中備えは、中央の扉の上にだけ間斗束が立てられています。

 

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柱はいずれも円柱。

柱上の組物はシンプルな舟肘木。

長押が使われていませんが頭貫木鼻も使われておらず、和様と禅宗様の折衷といった趣。

軒裏は平行の一重まばら垂木。

 

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縁側は4面にまわされていますが、向かって右(東)の正面側に脇障子が立てられています。

 

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左側面(西面)。こちらも3間。

前方の1間には通用の小さな引き戸が設けられています。

対して後方2間は内陣なので、人が出入りするための建具はなく、しっくい塗りの壁になっています。

 

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背面。こちらは中央の柱間に引き戸が設けられていました。

 

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鬼瓦と、軒裏の隅木。

屋根は本瓦ですが、軒先がわずかにカーブして反っています。

 

以上、入鹿神社でした。

(訪問日2021/10/15)