兵庫県姫路市
廣峯神社(ひろみね-)
2025/05/01撮影
概要
廣峯神社(広峯神社、広峰神社)は市北部の山間に鎮座しています。
草創は『播磨鑑』(江戸中期の成立)によると第10代崇神天皇の時代とされます。神社としての創建は734年(天平六年)とされ、吉備真備の奏上を受けた聖武天皇によって白幣山に社殿が造られたのが当社のはじまりと伝わります。その後、972年(天禄三年)に現在地へ移転したようです。
史料上の初見は『日本三代実録』の866年(貞観八年)の記事で、当社と思われる記述があります。なお、『延喜式』に当社は記載されていません(式外社)。
創建から室町時代までは、当社を管理する社家が当地を支配しており、播磨国の中心的な神社として隆盛しました。江戸時代は勅願所となったほか、「廣峯山増福寺」と称して寛永寺(東京都台東区)の末寺となり、寺院のような檀家制度によって維持されていました。明治時代には神仏分離によって社家や檀家といった当社の独自の制度が解体され、他社と同様の神社となっています。
境内は山間にあり、各所に多数の境内社が点在しています。社殿は本殿が室町中期の造営で、神社本殿として最大規模の十一間社入母屋造となっており、重要文化財に指定されています。ほか、本殿の裏手には9棟の境内社が並立し、いずれも市の文化財です。
当記事では拝殿などについて述べます。
本殿北側の境内社についてはその3をご参照ください。
現地情報
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| 所在地 | 〒670-0891兵庫県姫路市広嶺山52(地図) |
| アクセス | 野里駅から徒歩60分 花田ICから車で20分 |
| 駐車場 | 30台(無料) |
| 営業時間 | 09;00-16:30 |
| 入場料 | 無料 |
| 社務所 | あり |
| 公式サイト | TOP - 廣峯神社 |
| 所要時間 | 1時間程度 |
文化財情報
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重要文化財3件(計2棟1基)
市指定文化財2件(計12棟)
・廣峯神社摂社・末社 11棟
軍殿八幡社
稲荷社
地養社
蛭子社
天神社
庚申社
山王権現社
大鬼社
熊野権現社
冠者殿社
荒神社
境内
宝篋印塔

廣峯神社の境内は南向き。境内は山間にあり、駐車場の近くに大鳥居があります。
大鳥居は石造明神鳥居。

鳥居をくぐり参道を200メートルほど進むと社頭に到着します。
右の社号標は「廣峯神社」。階段の途中には縄鳥居があります。
当社の所在地の地名は「広嶺山」が行政上の正しい表記ですが、山の名前としては「広峰山」とも書くようです。当社の社名については「広峯神社」と表記することもありますが、公式サイトや神社庁の表記は「廣峯神社」となっています。地名・社名どちらも、さまざまな表記が入り混じっているようです。

参道左手には手水舎。
切妻造、本瓦葺。

参道右手には宝篋印塔が鎮座しています。
石造宝篋印塔。高さ2.24メートル。
室町前期の造営と考えられます。もとは境内北側の吉備神社付近に埋没していたようで、詳細な年代は不明ですが現在地へ移設されたとのこと。
「広峯神社宝篋印塔」として国指定重要文化財。
案内板の解説は以下のとおり。
(※前略)
複弁の反花を刻んだ基壇の上に置かれ、起訴の上端は二段式で各面に輪郭付き格狭間が彫られている。塔身の四面には線彫の月輪内に胎蔵界四仏の種字を刻んでいる。笠は下二段、上六段で隅飾り突起はほぼ垂直で、内に二弧の輪郭をまいている。無銘であるが様式上から室町時代初期の作品と考えられている。
(※後略)
姫路市教育委員会
随神門(表門)

石段の先には随神門が南面しています。別名は表門。
三間一戸、八脚門(通路部親柱を欠く)、入母屋造、本瓦葺。
鬼瓦の銘より1697年(元禄十年)造営と考えられます。「廣峯神社表門」として市指定文化財。

正面中央の柱間。
頭貫の位置に虹梁がわたされ、太いしめ縄がかかっています。
柱上の組物は尾垂木二手先で、虹梁の中央にも組物が置かれています。


向かって左。左右の柱間は小さく取られています。
柱は円柱で、正面と側面に拳鼻がついています。

隅の組物の尾垂木と隅木のあいだには、彩色された竜の彫刻があります。

左側面(西面)。
側面は2間。軸部は貫と長押で固められ、柱間は横板壁。

内部の通路部分。
外部は側面2間でしたが、内部は中央の柱が省略されて側面1間となっています。

背面全体図。
単層の門は切妻造のものが多く、二層の門は入母屋造のものが多いですが、この門は単層で入母屋造となっています。

大棟には鬼瓦。
破風板の拝みには鰭付きの蕪懸魚があり、鰭は波状の意匠。
妻飾りには虹梁大瓶束が使われています。

随神門から境内南側を振り返ると、姫路市街を見下ろすことができます。
当社境内からは姫路城天守を望むこともできるらしいですが、私の視力では視認できませんでした。
拝殿

随神門の先には大規模な拝殿が鎮座しています。

桁行10間・梁間4間、入母屋造、本瓦葺。
1626年(寛永三年)造営。「広峯神社拝殿」として国指定重要文化財。

向かって右側の向拝柱。
幕としめ縄の影になってほとんど見えませんが、向拝柱は面取り角柱で、側面には木鼻がついています。
柱上の組物は出三斗。

向拝の虹梁にはしめ縄がかかり、中備えに組物が置かれています。組物は大斗と花肘木を組んだもの。

向拝内部から右側(東側)を見た図。
母屋(写真左)は前方1間通りに孫庇がつき、その前方(右)に側面2間の向拝がついた構造になっています。

母屋前方の孫庇の空間。写真左が正面側です。
孫庇の柱(写真左)は糸面取り角柱。対して庇と母屋の柱(中央右)は円柱が使われ、柱上に出三斗があります。

内部の母屋部分。奥に見えるのは本殿。
正面10間・側面4間のうち外周の1間通りが庇になっており、庇を差し引いた中央部の正面8間・側面2間の空間が母屋となっています。母屋部分には格天井が張られています。

右側面(東面)。
先述のとおり側面は4間あり、柱間は縦板壁。

母屋柱は円柱で、柱上の組物はいずれも出三斗。組物は巻斗で軒桁を受けています。
中備えはありません。

入母屋破風には蕪懸魚が下がり、妻飾りには虹梁大瓶束が使われています。大瓶束は腰が膨らんだ形状。

左側面(西面)。
こちらは柱間に引き違いの窓が入っています。
宝篋印塔、随神門、拝殿については以上。
*1:附:宮殿3基