今回は奈良県橿原市の瑞花院(ずいけいん)について。
瑞花院は市北西部の住宅地に鎮座している浄土宗の寺院です。山号は祐禅山、寺号は吉楽寺。
創建は不明。興福寺の門徒で当地に居館を構えていた飯高(いだか)氏の菩提寺として開かれ、もとは真言宗だったとのこと。室町期に現在の本堂が造営され、その後の改宗によって堂内が浄土宗の造りに改装されているようです。
本堂は市内でも最古級の建造物で、県中部の中世の密教仏堂として最大規模であり、国重文に指定されています。加えて、堂内の構造や瓦の刻銘も歴史・文化的に価値が高いとのこと。また、境内西側には鎮守社と思しき子部神社が並立しています。
現地情報
所在地 | 〒634-0847奈良県橿原市飯高町371(地図) |
アクセス | 真菅駅から徒歩20分 橿原北ICから車で3分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
寺務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
山門
瑞花院の境内入口には東向きの山門。入口は公園へ通じる裏路地に面しています。
山門は一間一戸、薬医門、切妻、本瓦葺。
寺号標は「祐禅山 瑞花院」。
内部。写真右が前方。
主柱から女梁と男梁を伸ばし、桁を渡して軒裏を受けています。標準的な薬医門の造り。
妻飾りは板蟇股。左離れの立ち葵の紋が彫られています。善光寺(長野県長野市)の紋とよく似ていますが、そちらは右離れです。
内部に天井はなく、化粧屋根裏。軒裏は一重まばら垂木。
本堂
境内中央部には大きな本堂が南向きに鎮座しています。
桁行5間・梁間5間、寄棟、向拝1間、本瓦葺。
棟木の銘より1443年(嘉吉三年)上棟。国指定重要文化財。
本尊は不明。浄土宗なので阿弥陀如来と思われます。
母屋は正面(桁行)5間・側面(梁間)5間という正方形の平面をしており、屋根は寄棟。
中世(鎌倉室町あたり)に出現するいわゆる密教本堂という構造の仏堂だったようですが、寺の改宗にともなって浄土宗風の内装に改造されたとのこと。風変わりなおもしろい経歴ですが、残念ながら内部を見ることはできません。
解説は下記のとおり。
(※前略)
もと真言宗寺院の伝承を裏付ける密教本堂形式から、改修後とみられる寛文五年(1665)の修理で、内陣間仕切を撤去、開放的な浄土宗本堂風の仏堂形式へ改装しました。
また製作年、瓦の呼称、戯画、落書など貴重な銘文がある多数の刻銘瓦が知られており、寺の北東隅にある石柱にもその一文が刻まれています。
中和地域において、十四世紀末から十五世紀にかけての地域色豊かな仏堂建築の中では最大規模を誇り、向拝柱を除き母屋を総円柱とした伝統や、華麗な細部装飾が当寺の気風を伝えている点で重要です。
橿原市教育委員会
向拝。
向拝柱は細めの材が使われていて、良く言えば軽快、悪く言えばか弱い印象。
向拝柱は角面取り。面取りの幅はやや大きめに取られています。
側面の木鼻は拳鼻で、唐草が彫られています。
組物は連三斗。木鼻の上に皿斗が載り、連三斗を持ち送りしています。
虹梁は眉欠きだけが造形されたもの。唐草や若葉などの絵様はありません。
中備えは板蟇股。彫刻は入っていません。
向拝柱と母屋をつなぐ梁はありません。
母屋正面は、中央の3間が桟唐戸、左右の各1間が連子窓。
縁側は切目縁が4面にまわされています。正面の階段は3段しかなく、この規模の仏堂にしては床が低いです。
母屋柱は円柱。軸部は貫で固定されています。
中備えは大斗と花肘木。
花肘木の内側には唐草のような意匠と梵字らしきものが彫られていて、非常に繊細な造形。室町前期の彫刻でここまで細やかなものは初めて見ました。
隅の柱。
柱の上端は絞られておらず、頭貫木鼻もありません。ここは和様の意匠。
組物は出組で、持ち出された桁の下には軒支輪が使われています。
向かって右側面。
前方の2間は桟唐戸、後方の3間はしっくい塗りの壁になっています。
前方2間を外陣、後方3間を内陣とし、左右両端の各1間を脇陣とするのは密教本堂の典型といえる構造。おそらくこの本堂も改造前はそういった構造をしていたと思われます。
背面。
中央の柱間は桟唐戸、ほかは壁になっています。
頭貫の上の中備えは間斗束が使われ、正面側よりも簡略化されています。
軒裏は平行の二軒繁垂木。
軒先は隅に向かってなだらかなカーブを描いており、優美な趣。美しい軒裏です。
優美な軒と重厚な本瓦が空に映えます。
隅棟には鬼瓦。
正面の向拝の部分(写真左)は屋根が少し盛り上がっています。檜皮やこけらならこのような起伏も柔軟に対応できますが、硬い本瓦ではそうもいかず、イレギュラーな形状の瓦を使用することで起伏に対応しています。
子部神社
瑞花院の西側には子部神社(こべ-)が鎮座しています。瑞花院との関連性は不明ですが、式内論社とのこと。
写真奥に見えるのは前述の瑞花院本堂。
入口は公園の一角にあり、石造の明神鳥居が西向きに立っています。
拝殿は切妻、本瓦葺。南向きです。
正面は4間ありますが、向かって左から2つ目の間が拝所になっており、左右非対称の造りです。
扁額は「子部神社」。
扁額の裏には蟇股とも花肘木ともつかない独特な意匠が設けられていますが、扁額の影になってしまっていてよく観察できず。
拝殿の後方には真新しい本殿が鎮座しています。おそらくここ数年のうちに再建したものと思われます。
一間社流造、銅板葺。
この日は春日造の本殿ばかりを見てきたので、こういう純粋な流造はちょっと珍しく感じました。
祭神は小子部命(ちいさこべのみこと)。雄略天皇の時代の豪族・小子部蜾蠃(ちいさこべのすがる)のことと思われます。
向拝中備えの竜と、向拝木鼻の像の彫刻は、周囲の材より黒ずんでいます。
再建前の本殿の材を再利用したのでしょうか。
母屋柱は円柱。
頭貫と台輪には禅宗様木鼻が設けられています。あまり神社らしくない意匠。
妻飾りは古風な豕扠首。
縁側は3面にまわされ、跳高欄が設けられています。
脇障子の羽目の彫刻は、松に鶴。
以上、瑞花院でした。
(訪問日2021/10/14)