兵庫県姫路市
随願寺(ずいがんじ)
2025/05/01撮影
概要
随願寺は市北部の山間に鎮座する天台宗の寺院です。山号は増位山。
創建は寺伝によると飛鳥時代で、聖徳太子の命を受けた渡来僧の慧便によって開かれたとのこと。のちに行基によって再興され、834年に法相宗から天台宗に改宗し、849年に現在の寺号に改められ隆盛をきわめたとされます。具体的な創建年や、古代から中世にかけての沿革は不明。
室町末期には織田氏の配下となった別所長治による焼き討ち受けて境内伽藍を焼失し、1586年に豊臣秀吉によって再興されました。江戸前期には姫路藩主の榊原家の菩提寺となり、榊原忠次によって現在の境内伽藍が再建されています。
現在の境内伽藍は江戸前期に再建されたもの。大型の本堂、撞木造の経堂、桃山風の唐門など、5棟が国の重要文化財に指定されています。また、本堂のとなりにある榊原家の墓所が市の文化財に指定されています。
当記事では開山堂と唐門について述べます。
現地情報
タップして展開/収納
| 所在地 | 〒670-0808兵庫県姫路市白国5(地図) |
| アクセス | 砥堀駅から徒歩60分 花田ICから車で20分 |
| 駐車場 | 50台(無料) |
| 営業時間 | 境内は随時 |
| 入場料 | 無料 |
| 寺務所 | あり(要予約) |
| 公式サイト | なし |
| 所要時間 | 20分程度 |
文化財情報
境内
開山堂

随願寺の境内は南向き。
参道は境内南側にあるようですが、駐車場は境内西側にあります。市街地から距離と標高差があり、徒歩での参拝は軽い登山になるため、ほとんどの参拝者は西側の駐車場から境内に入ることになると思います。
駐車場から本堂へ向かうと、参道の北側に開山堂があります。開山堂は南東向き。

桁行3間・梁間3間、寄棟造、本瓦葺。背面下屋付。
文化庁のデータベースには1692年(元禄五年)造営とありますが、案内板(姫路市教育委員会)には“平成九年度から行なわれた解体修理の際に、承応三年(1654)の墨書と「寛永十八年(1641)二月吉日」の墨書が発見された”とあり、江戸前期の造営の可能性があります。
「随願寺」5棟として重要文化財。

正面は3間。
柱間は、中央が桟唐戸、左右各1間は連子窓。

桟唐戸の連子は板材から彫り出したもので、盲連子です。長押の下の貫に藁座を取り付け、戸の軸を吊っています。
柱は円柱で、軸部は長押と貫で固められています。
柱上の組物は平三斗。

頭貫の上の中備えは、中央の柱間は蟇股が使われています。彫刻の題材は鳳凰。

向かって左手前の隅の柱。
隅の柱は、柱上に出三斗が使われ、頭貫には拳鼻がついています。
左右の柱間は、中備えに蓑束が入っています。

縁側は切目縁が4面にまわされ、欄干はありません。
側面は3間で、柱間は横板壁と桟唐戸。後方の柱間には庇のついた小屋(下屋)があります。

側面中央の柱間。
正面と同様に、中央の柱間だけ中備えに蟇股が使われています。こちらの蟇股には、橘の紋が彫られています。

背面にも庇のついた小屋が設けられています。
堂内については、四天柱に囲われた須弥壇があり、その後方に来迎壁があるようです。内部の四天柱は側柱の筋より半間後方にずらして立てており、これによって四天柱と須弥壇の前の空間が広く取られているとのこと(通常は前方1間通りの空間になるが、須弥壇を後方にずらしたことで1.5間通りになる)。

開山堂の近くには、名称不明の境内社があります。
一間社流造、銅板葺。

向拝は1間。
虹梁は絵様、袖切、眉欠きが彫られたもの。中備えは蟇股。

向拝柱は面取り角柱。面取りの幅は、江戸前期あたりの技法に見えます。
柱上の組物は連三斗。向拝柱の側面には禅宗様木鼻がついています。

海老虹梁は向拝柱の組物の上から出て、母屋柱の頭貫の位置に取りついています。

母屋柱は円柱。柱間は正面側面ともに1間で、正面は桟唐戸、側面は横板壁。
縁側はくれ縁が3面にまわされ、側面後方に脇障子を立てています。

母屋の柱上の組物は連三斗。中備えはありません。
妻虹梁は眉欠きと袖切だけ彫られたもので、大瓶束で棟木を受けています。
破風板の拝みには蕪懸魚。
唐門(榊原忠次墓所)

開山堂から本堂へ向かうと、本堂西側に榊原忠次の墓所が南面しています。
榊原忠次(1605-1665)は、徳川四天王の一角である榊原康政の孫で、姫路藩の藩主・城主をつとめた人物。江戸前期の当寺の伽藍の再興にも貢献しています。こちらの墓所は、子の政房によって1665年に造られたもの。
正面中央の唐門は、梁間1間・桁行1間、向唐門、本瓦葺。
文化庁のデータベースには1692年(元禄五年)造営とありますが、案内板(姫路市教育委員会)には“瓦銘から享保十六年(1731年)の建立である”とあります。
「随願寺」5棟として重要文化財。

柱は円柱で、木製の礎盤の上に据えられています。
門扉は桟唐戸。緑色の連子が入っています。

正面の軒下。
柱間は、貫と台輪でつながれています。
兎毛通は猪目懸魚。左右の鰭は若葉の意匠。

正面の台輪の上の中備えは蟇股。桃山風の彩色で塗り分けられ、竜の彫刻が入っています。
蟇股の上には妻虹梁がわたされ、蓑束で棟木を受けています。

向かって左の柱。
柱は上端が絞られ、禅宗様の粽柱です。
頭貫と台輪には禅宗様木鼻。木鼻の木口は黄色く塗り分けられています。
柱上の組物は出三斗。出三斗と妻虹梁のあいだの実肘木は、右側と左側とで木口の繰型の形状がことなります。

左側面(西面)。
側面は1間。中備えはありません。
背面側の柱間(写真中央奥)にも、中備えに彩色された蟇股が見えます。

唐門の右側面(東面)と墓所。
多数の石燈籠が立てられ、その中央にある高い石塔が榊原忠次の墓碑のようです。墓碑には細かな字が刻まれ、基部が亀の彫刻になっているとのことですが、石燈籠に阻まれて細部まで確認できませんでした。
開山堂、唐門については以上。