江戸前期
今回は滋賀県甲良町尼子(あまご)の甲良神社(こうら-)について。 甲良神社は田園地帯に面した住宅地に鎮座しています。 創建年代は不明。社伝によると高良大社(福岡県久留米市)から勧請されたとのこと。社記によると治暦年間(1065-1069)に甲良荘の総社となっ…
今回は滋賀県日野町の正明寺(しょうみょうじ)について。 正明寺は町北部の丘陵に鎮座する黄檗宗の寺院です。山号は法輪山。 創建は不明。寺伝によると聖徳太子による創建とのこと。もとは延暦寺の傘下にあって隆盛したようですが、戦国時代の兵火ですべての…
今回も神奈川県鎌倉市の建長寺について。 前編では山門、鐘楼などについて述べました。 当記事では仏殿、法堂、唐門などについて述べます。 仏殿 三門の先には、当寺の本堂に相当する仏殿が鎮座しています。 桁行3間・梁間3間、一重、裳階付、寄棟、裳階正面…
今回も神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮について。 前編では参道と源平池について述べました。 当記事では舞殿、若宮、本宮、丸山稲荷社について述べます。 舞殿 境内の中心部には舞殿が鎮座しています。 写真中央が舞殿で、手前にある社殿(拝所あるいは廊下?)と…
今回は神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮(つるがおか はちまんぐう)について。 鶴岡八幡宮は鎌倉市街の北部に鎮座しています。別名は鎌倉八幡宮。 創建は1063年(康平六年)。河内源氏2代目の源頼義が、石清水八幡宮(壺井八幡宮とする説もある)から八幡神を勧請し、…
今回は神奈川県鎌倉市の英勝寺(えいしょうじ)について。 英勝寺は鎌倉市街の東端に鎮座する浄土宗の尼寺です。山号は東光山。 創建は1636年(寛永十三年)。徳川家康の側室である英勝院(お勝の方)によって開かれました。江戸時代を通して水戸徳川家の庇護を受…
今回は神奈川県鎌倉市の浄光明寺(じょうこうみょうじ)について。 浄光明寺は市街地北西部の山際に鎮座する真言宗泉涌寺派の寺院です。山号は泉谷山。 創建は寺伝によると1251年(建長三年)頃で、北条時頼・長時の開基とのこと。創建から江戸時代まで、複数の宗…
今回は東京都豊島区の雑司ヶ谷鬼子母神堂(ぞうしがや きしもじんどう)について。 雑司ヶ谷鬼子母神堂は雑司ヶ谷の住宅地に鎮座する仏堂で、威光山法明寺(南池袋にある日蓮宗の寺院)の飛地です。 法明寺は810年(弘仁元年)に創建された威光寺が前身。1312年(正…
今回も東京都台東区の寛永寺について。 前編ではアクセス情報および清水堂、五重塔、十輪院宝蔵について述べました。 当記事では根本中堂(本堂)、常憲院勅額門、厳有院勅額門、旧本坊表門について述べます。 根本中堂(本堂) 所在地:110-0002東京都台東区上…
今回は東京都台東区の寛永寺(かんえいじ)について。 寛永寺は上野公園の一画に鎮座する天台宗の関東総本山です。山号は東叡山。 創建は1625年(寛永二年)。3代将軍・徳川家光の命を受けた天海によって、江戸城の鬼門の鎮護として開かれました。比叡山延暦寺に…
今回は東京都台東区の上野東照宮(うえの とうしょうぐう)について。 上野東照宮は上野公園の一画に鎮座しています。正式名称は東照宮。 創建は1627年(寛永四年)。徳川家康の遺命を受けた天海と藤堂高虎が、藤堂家の敷地内に東照宮を祀ったのがはじまりとされ…
今回も東京都台東区の浅草寺について。 その1ではアクセス情報および、雷門、宝蔵門、本堂について述べました。 当記事では、国重文の二天門と浅草神社について述べます。 二天門 浅草寺の境内東端の出入口には、二天門(にてんもん)が東面しています。 三間…
今回は岐阜県垂井町の南宮大社(なんぐう たいしゃ)について。 南宮大社は垂井町の南西部の山のふもとに鎮座する美濃国一宮です。 創建は不明。社伝によると、10代・崇神天皇の時代の創建とのこと。『延喜式』には美濃国一宮の「仲山金山彦神社」と記載され、…
今回は岐阜県垂井町の真禅院(しんぜんいん)について。 真禅院は町の南西の山際に鎮座する天台宗の寺院です。山号は朝倉山。 創建は不明。社伝によると、739年(天平十一年)に行基が開いた宮処寺(ぐうしょじ)が前身で、勅命を受けた最澄によって南宮大社の神宮…
今回は愛知県安城市の本證寺(ほんしょうじ)について。 本證寺(本証寺)は野寺地区に鎮座する真宗大谷派の寺院です。山号は雲龍山。 創建は1206年(建永元年)頃で、親鸞の弟子である慶円によって開かれました。鎌倉時代の沿革は不明ですが、室町時代には一向宗(…
今回は愛知県西尾市吉良町(きらちょう)の幡頭神社(はず-)について。 幡頭神社は吉良町地区の海岸の高台に鎮座しています。 創建は不明。社伝によると、東征の途上で亡くなった建稲種命(当社の主祭神)の遺体が当地に流れ着き、住人がそれを弔って祀ったのが始…
今回は秋田県大館市の大館八幡神社(おおだて はちまん-)について。 大館八幡神社は大館市街の東部に鎮座しています。 創建は江戸初期。1610年に大館城代となった小場義成(佐竹西家)が、常陸国の若宮八幡宮(常陸太田市)の分霊を城の鎮守として祀ったのがはじ…
今回は青森県弘前市の弘前八幡宮(ひろさき はちまんぐう)について。 弘前八幡宮は弘前城の北東の住宅地に鎮座しています。 創建は不明。社伝によれば、坂上田村麻呂が蝦夷討伐の際に、宇佐神宮から勧請した八幡神を岩木村*1に祀ったのが始まりとのこと。安土…
今回は青森県弘前市の熊野奥照神社(くまの おくてる-)について。 熊野奥照神社は弘前八幡宮の南に鎮座しています。 創建は不明。社伝によると当初は奥尾崎*1という場所に鎮座し、788年に現在の弘前市近辺に遷座したとのこと。807年(大同ニ年)には、坂上田村…
今回は青森県弘前市の青森県護国神社(あおもりけん ごこく-)と東照宮本殿(とうしょうぐう ほんでん)について。 青森県護国神社(弘前公園) 所在地:〒036-8356青森県弘前市下白銀町1-3(地図) 青森県護国神社(あおもりけん ごこく-)は弘前城内の弘前公園に鎮座…
今回は青森県弘前市の革秀寺(かくしゅうじ)について。 革秀寺は岩木川北岸の住宅地に鎮座する曹洞宗の寺院です。山号は津軽山。 創建は慶長年間(1596-1615)の前半。弘前藩初代藩主・津軽為信によって現在の藤崎町に開かれました。2代藩主・津軽信枚によって現…
今回は青森県弘前市の長勝寺(ちょうしょうじ)について。 長勝寺は禅林街の最奥部に鎮座する曹洞宗の寺院です。山号は太平山。 創建は1528年(享禄元年)。大浦氏(のちの津軽氏)の大浦盛信が、父の菩提寺を種里(鰺ヶ沢町種里町)に開いたのが始まり。弘前市賀田…
今回も青森県弘前市の最勝院について。 前編では仁王門と本堂について述べました。 当記事では五重塔や八坂神社などについて述べます。 五重塔 境内の北西には五重塔が南向きに鎮座しています。 三間五重塔婆、銅板葺。 全高31.2メートル。五重塔としては標…
今回は青森県弘前市茜町(あかねちょう)の熊野宮(くまのぐう)について。 熊野宮は茜町の住宅地に鎮座しています。 創建は不明。同市の熊野奥照神社や熊野神社(門外)とともに熊野三所権現を摸してつくられた神社で、当社は那智宮にあたります。戦国時代から江…
今回は東京都府中市の大國魂神社(おおくにたま-)について。 大國魂神社(大国魂神社)は市の中心地に鎮座する、武蔵国の総社です。 創建は不明。社伝によると第12代・景行天皇の時代とのこと。 645年(大化元年)に、当社の境内に国府が置かれ、武蔵国の主要な6社…
今回も東京都日野市の金剛寺(高幡不動)について。 前編では仁王門と不動堂について述べました。 当記事では五重塔などの伽藍について述べます。 五重塔 不動堂の南西の斜面には、五重塔が鎮座しています。 三間五重塔、青銅瓦葺。全高45メートル。 1970年竣…
今回は京都府城陽市の枇杷庄天満宮社(びわのしょう てんまんぐうしゃ)と水主神社(みずし-)について。 枇杷庄天満宮社 所在地:〒610-0117京都府城陽市枇杷庄大堀1(地図) 枇杷庄天満宮社(びわのしょう てんまんぐうしゃ)は木津川沿いの住宅地に鎮座しています…
今回は京都府城陽市の荒見神社(あらみ-)について。 荒見神社は富野地区の住宅地に鎮座しています。 創建は不明。当初は同市の長池五社ケ谷という場所にあったようで、15世紀ごろ現在地へ移転したようです。現在の本殿は江戸時代の最初期のもので、当地区の宮…
今回は京都府城陽市の平井神社(ひらい-)について。 平井神社は久津川駅の西側の住宅地に鎮座しています。 創建は不明。もとは同市の平川廃寺跡の場所にあったようで、年代不明ですが火災で焼失したのち現在地へ移転したとのこと。当初は牛頭天王社と呼ばれ、…
今回は京都府宇治市の旦椋神社(あさくら-)について。 旦椋神社は大久保駅の西側の住宅地に鎮座しています。 創建は不明。社伝によると、720年(養老七年)には確立されていたとのこと。当初は現在地の西側にある同市大久保町旦椋にあったようです。『延喜式』…