甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【近江八幡市】長命寺 後編(三重塔、護摩堂、三仏堂、護法権現)

今回も滋賀県東近江市の長命寺について。

 

前編では日吉神神社、参道、本堂について述べました。

当記事では三重塔、護摩堂、三仏堂、護法権現などについて述べます。

 

三重塔

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本堂の右手には丹塗りの三重塔が西面して鎮座しています。

三間三重塔婆、こけら葺。全高24.35メートル。

1597年(慶長二年)再建国指定重要文化財

 

案内板いわく“塔全体で余裕ある形態を持ち、比較的遺構の少ない桃山時代の塔として貴重”。安土桃山時代(1573-1603)は短い時代区分なので、江戸期や室町期とくらべて安土桃山期の現存塔は数が少ないです。また、丹塗りの三重塔というのもあまり見かけません。

三重塔としての規模は中の上といったところで、滋賀県内に7基あるうち2番目の高さとのこと(案内板より)。見上げるアングルで視界に入ってくるため、実際よりも高く感じられます。

 

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柱は円柱。軸部は長押と頭貫で固定。頭貫木鼻が使われておらず、和様の古風な造り。

柱間は3間で、中央の柱間は両開きの板戸。開いた板戸の奥には斜めの吹寄せ格子戸。

縁側は切目縁。欄干は擬宝珠付きで、三重塔の初重に欄干を設けるのは少しめずらしい例です。

縁の下は円柱の縁束。母屋柱の床下は八角柱に成形されていました。

 

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組物は和様尾垂木の三手先。丹塗りですが木口が黄色く塗り分けられています。

組物で持ち出された軒桁の下には軒支輪と格子の小天井。

中備えは間斗束と巻斗。

 

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二重および三重。

大部分の意匠は初重と同じですが、縁側の欄干に跳高欄が使われている点と、扉の左右の柱間に緑色の連子窓がある点が異なります。

 

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本堂向かって左正面から見た三重塔。

落ち着いた和様の意匠と、華美な安土桃山期の彩色が合わさって、高貴な印象を受けます。プロポーションはゆったりとした安定感のある印象。

私がいままで見た三重塔の中では、安楽寺八角三重塔(長野県上田市)の次くらいに記憶に残る物件でした。

 

護摩堂

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本堂と三重塔のあいだには護摩堂。南向き。

桁行3間・梁間3間、宝形、檜皮葺。

露盤の銘より1606年(慶長十一年)再建国指定重要文化財

不動明王を祀り、文字どおり護摩焚きをするための堂です。

 

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意匠解説は案内板に譲ります。

 三間四方の正面中央は桟唐戸、正面左右は連子窓で、側面中央は板扉または板戸、側面前方は連子窓で、他は板壁という簡素な造りである。また、柱は全て角柱で、絵様大斗肘木に軒先は疎垂木木舞打という軽やかな姿である。

姨綺耶山 長命寺

  

三仏堂

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本堂向かって左(西側)には三仏堂。

桁行5間・梁間4間、入母屋、檜皮葺。

再建年は不明。案内板によると、この堂と連結されている護法権現拝殿(後述)とともに永禄年間(1558-1570)の再建と考えられています

佐々木定綱が父の菩提を弔うため建立されたもの。釈迦三尊が祀られています。

 

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柱は円柱。軸部は長押と頭貫で固定され、木鼻はありません。

柱間は黒い桟唐戸。

中備えもなく、欄間は漆喰塗りの壁となっています。

柱上の組物は舟肘木で、ここも古風な造り。

軒裏は二軒まばら垂木。

 

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縁側は切目縁。欄干は擬宝珠付き。縁束は円柱。

 

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本堂と三仏堂をつなぐ渡廊。

切妻、檜皮葺。

 

護法権現

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三仏堂の左には護法権現拝殿。

桁行3間・梁間2間、入母屋、檜皮葺。

造営年は不明。案内板いわく“小屋貫に永禄八年(一五六五)の墨書銘があったといわれており、形式技法からみてもその頃の建立”

右にある切妻、檜皮葺の渡廊とともに国指定重要文化財

 

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柱はいずれも角柱。柱間に建具はなく、全方向が吹き放ち。

柱上の組物は舟肘木。中備えはなく、しっくい壁になっています。

軒裏は二軒まばら垂木。

 

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破風の拝みには梅鉢懸魚。

入母屋破風は木連格子。

大棟には鬼板。

 

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拝殿後方には護法権現本殿。

一間社流造、檜皮葺。

案内板によると江戸時代後期の再建。

祭神は開山の祖である武内宿禰。

 

細部の観察はできなかったため割愛。

正面の扉の両脇や、縁側の脇障子に羽目板彫刻がありました。かなり新しい(江戸中期あたり?)作風。

 

鐘楼と如法行堂

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本堂・三仏堂・護法権現の西側の高台には鐘楼と如法行堂があります。こちらは鐘楼。

鐘楼は桁行2間・梁間東面2間・西面3間、入母屋、檜皮葺。

1608年(慶長十三年)再建(上棟用木槌の墨書銘より)。

 

堂内に吊るされた梵鐘は鎌倉時代の鋳造らしく、県指定有形文化財。

 

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西面。

柱は円柱で、南北面と東面は柱間2間なのですが、こちら(西面)だけはスパンを狭めて3間となっています。撞木(鐘つき棒)を吊るすためにこのような独特の構造になったと思われます。

柱上の組物は和様尾垂木の三手先。持ち出された桁の下には軒支輪と小天井。中備えは間斗束と巻斗。

軒裏は二軒繁垂木。

 

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縁側は切目縁。欄干は跳高欄。縁の下は三手先の腰組。

下層は袴腰で、しっくいで白く塗られています。

 

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鐘楼のとなりには如意行堂。

桁行3間・梁間3間、宝形、檜皮葺。

造営年不明。

地蔵菩薩、文殊菩薩などが祀られています。

 

柱は円柱。

軒裏は扇垂木、頭貫には拳鼻、側面に縦板壁が使われているなど、禅宗様の意匠が各所に見られます。

 

 

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鐘楼付近から境内を俯瞰した図。奥から三重塔、本堂、三仏堂、護法権現拝殿および本殿。

土地に制約のある山寺なので、伽藍配置は「〇〇寺式」といったようなセオリーは無視されています。武内宿禰を祀るなど神仏習合の色が強いせいもあってか、輪をかけて自由な配置になっています。

檜皮葺(三重塔はこけら葺)の仏堂伽藍が林立し、圧倒的な密度。壮観としか言いようがありません。

 

太郎坊権現社

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境内の最奥、西端には太郎坊権現社。

鳥居は石造の明神鳥居。

 

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拝殿を側面から見た図。眼下には琵琶湖が望めます。

拝殿は入母屋、桟瓦葺。

右の大岩の奥に本殿があります。

 

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本殿は一間社流造、銅板葺。

造営年不明。おそらく江戸中期以降のもの。

祭神の太郎坊は長命寺の僧侶で、寺の総鎮守になるため天狗に変じたとのこと。

 

水引虹梁の唐草や、中備え蟇股の彫刻、正面扉の両脇の羽目板彫刻から、江戸中期あたりかそれより新しいものと推測できます。

 

以上、長命寺でした。

(訪問日2021/03/13)

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