世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

善光寺本堂を徹底解説 part1~善光寺はなぜ人々を惹きつけて止まないのか~

今回は長野県の超メジャー観光地ということで、長野市の善光寺本堂(ぜんこうじ ほんどう)について。

 

ご存知、善光寺は長野県を代表する超メジャースポット。その魅力については先人たちが語りつくしており、私が口をはさむ隙は無いと思っていたのですが、意外にも建築的な魅力を詳細に語っているサイトは少なく感じました。

そういうわけで今回は徹底解説のpart1として、寺院建築として異例づくしである本堂の建築的な特徴と魅力について、用語の解説や他の寺社との比較も交えつつ、なぜ善光寺本堂はこうも個性的で印象に残る外観なのかを語っていきます。

いつものことですが、寺社建築用語が頻発する読みづらい記事ですので、この点をご了承のうえでお読み下さい...

 

 

異形の建築様式、「撞木造」(しゅもくづくり)は善光寺の代名詞

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善光寺といったらやはり正面側のアングル。たとえ寺社好きでない人でも、本堂の前に立てばその迫力と美しさに圧倒させられることでしょう。

ガイドブックや各種の写真で採用されるのも大抵このアングルの図で、善光寺本堂の正面は非常に個性的で印象に残るシルエットをしているので、寺社好きや長野県民ならばシルエットだけで善光寺だとわかるはず。しかし、よく観察してみると、側面もまた個性的な見た目をしています。

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写真は、少し離れた場所から本堂右側面を見た図。ご覧のとおり、前後(写真では左右方向)に長いです。本堂は南向きに建っているので、棟(屋根の稜線)が南北方向に長く伸びているのです。

ここまでは何気なく観光していても簡単に気付けます。ですが、寺社好きならばこの屋根を見て、とある異常に気付くでしょう。どこがおかしいのかと言うと、写真の右のほうに屋根の妻が見えることです。

仮に千鳥破風(屋根の装飾。正面や扉の位置を暗に示す役割もある)だとしても片寄った位置にあっておかしいですし、とにかくこの本殿は入母屋とか切妻とかいった一般的な様式・用語では言い表せない代物だと直感できるはず。

 

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では、本堂を背面から見てみましょう。ご覧のように、本堂の背面側は棟が左右(東西方向)に伸びています

つまりこの本堂は「正面側は棟が前後(南北)に、背面側は棟が左右(東西)に伸びている」構造になっているのです。上空から見たら屋根の稜線がT字を描いており、鐘を鳴らすときに使う撞木(しゅもく:ハンマーのこと)を想起させることから、この独特な屋根の様式は「撞木造」(しゅもくづくり)と呼ばれます。

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(善光寺本堂を南西方向の上空から俯瞰した図*1 撮影年不明)

寺社建築の世界で「撞木造」は善光寺本堂の代名詞であり、撞木造を採用した建築物は全国に多数ありますが、いずれも善光寺の別院だったり、何かしら縁のある寺社だったりします。著名な例を列挙すると、善光寺の相方(?)である北向観音(上田市)、川中島の戦いで武田信玄が本尊を持ち帰ったことに由来する甲斐善光寺(甲府市)などがあります。

どうしてこんな「撞木造」という変な様式になったのかについては、もちろん理由があるのですが、part2にて詳細に解説・考察いたしますので、ここでは割愛させていただきます。

 

2階建て? いいえ、裳階(もこし)です

前項にて善光寺本堂のシルエットは“非常に個性的”と述べましたが、本項ではどの辺が個性的なのかを語っていきます。

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本堂の正面図。屋根は二重になっており、三角形のシルエットを呈して高々とそびえる様が青空に映えます。

前項で「撞木造」と書きましたが、この屋根を普遍的な建築様式に当てはめると「妻入(つまいり)の入母屋(いりもや)」といったところです。背面側は棟が左右に伸びているので、平入・妻入のどちらか迷うかもしれませんが、正面側が妻入なのでこの本堂は妻入になります。

なお、「妻入の入母屋」という様式の寺社建築はべつに珍しいものではなく、むしろありふれています。

 

では、何が本堂のシルエットを特徴づけているかと言うと、それは二重の屋根です。上の屋根は先端が反り返って見えるほどにカーブしていますが、下の屋根(実は屋根ではない)は軒先を長く伸ばしており、両者が絶妙なバランスで同居しています。これが善光寺本堂の個性的かつ優美なシルエットの根源でしょう。

ところで今、私は“下の屋根”と言いましたが、実を言うとこれは厳密には屋根ではありません。裳階(もこし)という、一種の庇(ひさし)です。寺社建築に詳しくないとパッと見で2階建てかと思ってしまいますが、実際に堂内に入ってみると2階はなく、天井の高い平屋であることが分かります。

善光寺本堂ほどの巨大な建築物にもなると、屋根が高すぎて雨や日差しから縁側を守れないので、階の途中に庇を設けているわけです。そして、本堂の側面や背面にまわりこんで観察してみると、この庇は本堂の周りをぐるりと囲うように設けられているのが分かります。このように、階を囲む庇のことを裳階と言います。

余談になりますが“裳”というのは腰より下を覆う筒状の和服のことで、言うなればスカートです。

 

なお、裳階そのものはそこまで珍しいものでもなく、全国の寺院に普遍的に見られる意匠です。

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(豊川稲荷の写真はwikipediaより引用)

ですが、「妻入の屋根で裳階がある」という例は、国宝レベルの著名なものは見当たりません。豊川稲荷(愛知県豊川市)の本殿は善光寺本堂とよく似たシルエットですが、そちらは内部構造的に入母屋が二重になったものと表現したほうが適切で裳階ではないうえ、屋根がT字になっていないので撞木造でもなく、言ってしまえば他人の空似です。多少は善光寺を意識してデザインしたのかもしれませんが、構造的に別モノです。

一方、「平入の屋根で裳階がある」という例は、鎌倉期の禅宗様建築である清白寺(山梨市)、功山寺(下関市)、円覚寺(鎌倉市)などなど国宝指定されているものが多数あります。どれも互いに似たり寄ったりの外観をしているので、上の画像では山梨県にある清白寺を代表選手として挙げておきました。善光寺本堂は妻入ではありますが、背面側のシルエットを見てみると、清白寺とそっくりではないでしょうか?

part2にて述べますが、鎌倉初期までの善光寺本堂は背面側の平入の部分のみで、撞木造でなかったと考えられています。なので、善光寺のデザインは鎌倉期の禅宗様建築と何かしらの関係があるのでは? と私は考えています。なお、小林計一郎氏によると、鎌倉期の善光寺は禅宗と無関係ではなかったものの、そこまで深い関係はなかった*2とのこと。

個人的な持論はともかく、妻入かつ裳階付きの建築物が珍しいのは確かで、この様式が善光寺本堂の他にない個性を形づくっているのでしょう。

 

当記事のまとめ

なぜ善光寺本堂は個性的で参拝者の記憶に残るのか、要点をまとめると

  • 奥行きが非常に長く、屋根はT字(撞木造)
  • 妻入で庇(裳階)がついた寺社は、ほぼ例がない

以上の2点が挙げられます。ほか、こんな巨大な建築物はめったに無いからという単純な理由も一因でしょう。

いずれにせよ、善光寺本堂は建築物として他に類を見ない(模倣ならあるが)特異な存在であることは疑いようがありません。

 

善光寺本堂の大まかな外観についての解説は以上。

part2では当記事で述べた「撞木造」について、さらに詳細に他の寺院建築との比較を行い、誕生の経緯を考察して行きます。

www.hineriman.work

(訪問日:2019/04/16)

*1:小林計一郎 著『善光寺史研究』2000年 信濃毎日新聞社 より引用

*2:*1に同じ