世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【甲府市】甲斐善光寺

今回は山梨県甲府市の甲斐善光寺(かいぜんこうじ)について。

 

甲斐善光寺は甲府市街の東部に鎮座している浄土宗の寺院で、山号は定額山。甲府善光寺、甲州善光寺という別名もあります。

川中島の戦いの折、武田信玄が信濃善光寺の別当(官吏)を甲府に移住させたことで開基された寺院で、本堂は本家の信濃善光寺に匹敵する大規模なもので、重要文化財に指定されています。

 

 

現地情報

所在地 〒400-0806山梨県甲府市善光寺3-36-1(地図)
アクセス

酒折駅から徒歩15分

甲府昭和ICまたは一宮御坂ICから車で20分

駐車場 40台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料(内陣・戒壇・宝物館は500円)
寺務所 あり
公式サイト 甲斐 善光寺
所要時間 20分程度

 

境内 

遠景

甲斐善光寺の遠景

甲斐善光寺の門前は車道になっており、道の先にそびえる山門の奥には、巨大な本堂の屋根がのぞいて見えます

信濃善光寺は山門をくぐるまで本堂の屋根が一切見えない構成になっていることで知られますが、それとは対照的。

 

山門(楼門)

甲斐善光寺の山門

山門(楼門)は銅板葺の入母屋(平入)。正面5間・側面2間。柱は円柱。

通路が3間あるので、5間3戸。甲信地方でも最大クラスの非常に大規模な楼門です。紅白を基調とした配色が印象的。

大棟には武田菱。扁額は「定額山」(じょうがくざん)で、信濃善光寺と同じ山号。

 

1776年(明和4年)に建立されたもので、棟札とともに重要文化財に指定されています。

 

甲斐善光寺の山門の軒下

山門の軒下を見上げた図。

縁側の床下を支える組物は、三手先の出三斗(でみつど)。2階の桁を受ける組物は一手先の平三斗(ひらみつど)。

屋根裏の垂木は二重ですが間隔が広く、まばらです。

 

甲斐善光寺の山門の背面

背面。

2階の正面側は桟唐戸(さんからど)や火灯窓(かとうまど)などが設けられていましたが、こちら側は白い壁が張られているだけ。

1階および2階の貫の柱間に配置されている赤と緑の蟇股(かえるまた)は、内部がくり抜かれていない、古風な造形。こちらは北側で日が当たらないおかげか、正面側ほど退色が進んでおらず、緑色が鮮やかです。

 

甲斐善光寺山門から見た本堂

山門から見た本堂。

手前に松の木が茂っているのがちょっと邪魔に感じなくもないものの、これはこれで画になっているのではないでしょうか。

信濃善光寺をこの構図で撮ると、桁と柱が本堂をぴったりと囲ってフレーム(枠)になってくれるのですが、こちらの甲斐善光寺はフレームが上下に長いため余白ができ、ゆとりのある構図になります。

 

鐘つき堂

甲斐善光寺の鐘つき堂

本堂の話題はかなり長くなるので、その前に鐘つき堂の紹介。

鐘つき堂は本堂の右手(東側)にあります。銅板葺の入母屋(妻入)で、10本の角柱で支えられています。

前述の山門や、後述の本堂と同様に紅白を基調とした配色で、境内は統一感があります。

 

案内板(山梨県・甲府市教育委員会)によると、吊るされている鐘は1313年(正和2年)に補修されたもので、川中島の戦いの折に武田信玄によって信濃善光寺から持ち出されたものとのこと。

信濃善光寺は何度も火災に遭っており、甲斐善光寺も1754年(宝暦4年)に消失していますが、この鐘は幾度もの火災に耐え続けたようです。

 

本堂

甲斐善光寺の本堂正面

山門をくぐって参道を進むと、香炉と本堂が建っています。

 

訪問時は休日の昼過ぎ。その割に境内は人影まばらで、他の観光客が写り込んでいない写真を簡単に撮れました。

写真右に見切れている茶店では信玄餅など定番の土産を売っていましたが、どれほど客が入るのか心配になってしまいます。

 

甲斐善光寺本堂の左正面

本堂は銅板葺の撞木造(しゅもくづくり)、二重。

正面7間・側面11間。正面向拝3間、檜皮葺の軒唐破風(のき からはふ)付き。左右側面に向拝1間。

 

建築様式は一見すると入母屋ですが、撞木造という様式になります。

撞木造については信濃善光寺の記事で解説したので、当記事ではざっくりと説明するだけにします。詳しく知りたい方はリンク先をご参照ください。

 

建立は1789年で、造営には約30年の年月を要したとのこと。重要文化財に指定されています。

 

甲斐善光寺本堂の向拝
正面の階段を覆う向拝の軒下。

向拝は4本の角柱で支えられており、柱間は3間。それにあわせて母屋の正面の扉(桟唐戸)も3組あります。

 

角柱をつなぐ虹梁(こうりょう)の上には、無彩色の龍の彫刻が堂々と配置されています。虹梁の正面と左右の木鼻には、唐獅子の彫刻。

この手の立体的な彫刻で埋め尽くす手法は江戸中期以降のもので、ここは造営された時代の作風が非常に色濃く現れています

 

甲斐善光寺本堂の向拝右手前

向拝を右斜めから見た図。

写真左に見える向拝柱は角柱であるのに対し、右のほうの母屋柱は円柱。「向拝は角柱、母屋は円柱」は神社・寺院建築のセオリー。これが逆転することはあり得ません。

 

向拝柱と母屋柱をつなぐ繋ぎ虹梁の上では、大瓶束(たいへいづか)が桁を介して垂木を受けています。

繋ぎ虹梁の上にも無彩色の彫刻があり、写真ではわかりにくいですが立体的な造形で波が彫られています。この部材は手挟(たばさみ)と言います。

 

甲斐善光寺本堂右側面の向拝

つづいて本堂の右側面。こちらにも階段とそれを覆う庇(向拝)があります。

こちらの向拝は柱間が1間で、当然ながら向拝柱は角柱。唐獅子の木鼻や、繋ぎ虹梁の上の大瓶束、そして手挟が確認できます。

反対側の左側面にもこれと同様の向拝があります。

 

甲斐善光寺右側面を奥から見た図

右側面の別アングル。写真左奥が正面側です。

側面の柱間は11間もあり、信濃善光寺と同様、非常に奥行きが深く前後に長い堂となっています。

 

余談になりますが、県内には正面が11間もある非常に横長な神社も存在します。

 

甲斐善光寺本堂右側面

そしてこちらが右側面の全体図。

正面からのアングルでは入母屋に見えましたが、上の写真では右上のほうに屋根の妻(三角に見える面)があり、向きのちがう2つの入母屋が合体したような屋根になっていることがお解りいただけるかと思います。

屋根を上空から見るとT字のハンマーのような形状をしているため、この建築様式を「撞木造」(しゅもくづくり)と言い、信濃善光寺本堂も同様式になっています。

どうしてこのような奇妙な様式になったかのは善光寺本堂を徹底解説の記事で長々と語っているため、ここでは割愛。

 

甲斐善光寺本堂の左側面後方

左側面の後方。

屋根が二重で2階建てのように見えますが、堂内に入ってみると2階はなく、単に屋根が二重になっているだけです。

軒下を観察すると、上の屋根は軒裏の垂木も密で、桁を受ける組物も二手先

その一方で、下の屋根の軒裏の垂木は間隔が一定せず、まばら。桁を受ける組物は一手先で比較的シンプルなもの。

 

甲斐善光寺本堂の背面

背面。

正面と同様、柱間は7間。裳階の上は母屋が小さくなっていますが、そちらも7間あります。

なお、信濃善光寺は裳階の下が7間ですが、上は5間となっています。私が思うに信濃善光寺と甲斐善光寺の決定的なちがいは柱間の数で、柱が多いぶん甲斐善光寺は繊細な造りだと思います。

 

伽藍の解説は以上。

本堂は寺社建築として県下最大であり、 東日本というくくりで見ても五本の指に入る規模を誇ります。甲府近辺の古建築や寺社仏閣を見てまわるなら、必ず押さえておくべき名所と言えます。

寺社建築好きならば、本家の信濃善光寺と各所の構造や意匠を比較してみるのも面白いはず。

 

以上、甲斐善光寺でした。

(訪問日2019/02/23,11/09)

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