今回は山梨県甲府市の善光寺(ぜんこうじ)について。
善光寺は市東部の住宅地に鎮座する浄土宗の寺院です。山号は定額山。通称は甲斐善光寺(かいぜんこうじ)。
創建は1558年(永禄元年)。武田信玄が川中島の戦いの折に信濃の善光寺(長野市)別当の栗田氏を調略し、本尊の善光寺如来を当地に移転させて寺を開いたのがはじまりです。1582年に甲州征伐を受けて武田氏が滅亡し、天正壬午の乱を経て当地は徳川領となりました。善光寺如来は織田氏によって岐阜城下(岐阜善光寺の前身)へ移され、徳川家康によって三河吉田や浜松に移され、豊臣秀吉によって方広寺(豊国神社の前身)に祀られたのち、信濃善光寺に返還されました。江戸時代は徳川家の崇敬を受け、甲斐国の浄土宗寺院の筆頭として隆盛しましたが、1766年の火災で主要な伽藍を焼失し、30年以上の歳月をかけて本堂が再建されました。
現在の境内伽藍は江戸中期の再建時のもので、山門と本堂の2棟が国の重要文化財に指定されています。とくに本堂は信濃善光寺の本堂を踏襲した撞木造という様式で造られているだけでなく、寺社建築として県内や首都圏において最大級の規模を誇ります。
当記事ではアクセス情報および山門などの伽藍について述べます。
現地情報
所在地 | 〒400-0806山梨県甲府市善光寺3-36-1(地図) |
アクセス | 酒折駅から徒歩15分 甲府昭和ICまたは一宮御坂ICから車で20分 |
駐車場 | 40台(無料) |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 境内は無料(内陣・戒壇・宝物館は500円) |
寺務所 | あり |
公式サイト | 甲斐 善光寺 |
所要時間 | 30分程度 |
境内
山門
善光寺の境内は南向き。境内は県道109号と並行するように面しており、山門の手前は歩道が広く取られています。
向かって左にある寺号標は「甲州 善光寺」。
境内入口の山門は、五間三戸、楼門、二重、入母屋、銅板葺。
1776年(明和四年)造営。「善光寺山門」として国指定重要文化財*1。
棟梁は下山大工の石川久左衛門。
下層。
正面は5間あり、うち3間が通路となっています。五間三戸という形式の大規模な門で、このような形式と規模の門は県内でも数棟しか例がありません*2。
柱間は、中央の3間はやや狭く、左右両端の各1間は幅が広くなっています。
正面中央の柱間。
柱は円柱で、柱間は頭貫でつながれています。頭貫と柱の接続部には持ち送りが添えられ、持ち送りは繰型や渦状の意匠がついています。
柱上の組物は三手先。
頭貫の上の中備えは蟇股。
左側面(西面)。
側面は2間。こちらは頭貫だけでなく飛貫や腰貫も使われています。
正面の柱間には格子、側面の柱間には横板壁が張られています。
左手前(南西)の隅の柱。
頭貫には木鼻がついています。
左側面の軒下。
こちらも頭貫の中備えに蟇股が使われています。
内部の通路部分には格天井が張られています。
柱間には貫や梁がわたされていますが、中備えの意匠(蟇股や大瓶束など)はありません。
(※甲斐善光寺)
(※参考 信濃善光寺)
山門下層から本堂を見た図。
信濃善光寺をこの構図で撮ると桁と柱がフレーム(額縁)のように本堂を囲ってくれるのですが、こちらの甲斐善光寺はフレームが縦長で余白を大きく取った構図になります。細い参道が長く伸び、信濃善光寺とはちがった趣のある画になっていると思います。
上層。扁額は「定額山」で、信濃善光寺と同じ山号です。
上層正面は5間。
軒裏は二軒まばら垂木。
柱間は、中央の3間が桟唐戸、左右両端の各1間が火灯窓となっています。両者とも禅宗様の意匠。
頭貫には木鼻がつき、中備えは蟇股。
柱上の組物は二手先ですが、大斗の上から出る肘木をよく見ると斗2つぶん持ち出ししています。風変わりな構造だと思います。
組物で持ち出された桁と母屋とのあいだには、白い板の小天井が張られています。
右側面(東面)。
上層も側面2間。柱間は白く塗られた縦板壁ですが、経年により白い塗料がはげてきています。
組物や中備えは正面と同様。
入母屋破風。
破風板の拝みには鰭付きの蕪懸魚。
妻飾りは、虹梁の上に笈形付き大瓶束があります。
背面。
下層の両端の柱間は素木の横板壁。
上層は5間すべてが白い縦板壁です。
鐘楼と稲荷社
本堂右側(南東)には鐘楼があります。こちらは西面(本堂側)。
桁行2間・梁間1間、入母屋、銅板葺。
内部に吊るされている梵鐘は鎌倉時代のもので、1313年(正和二年)補鋳という旨の銘があります。「善光寺銅鐘」として県指定有形文化財。
川中島の戦いの折に武田信玄によって信濃善光寺から持ち出され、当寺の梵鐘となったようです。信濃善光寺は何度も火災に遭っており、甲斐善光寺も1754年(宝暦四年)に境内伽藍を焼失していますが、この梵鐘はそれらの火災を乗り越えて現存しています。
西面の入母屋破風。
妻飾りは虹梁と大瓶束。虹梁は眉欠きと袖切が彫られています。
破風板に懸魚はありません。
主柱は6本あり、四隅の主柱には控柱が各1本添えられているため、柱の数はつごう10本となっています。
柱間は腰貫でつながれ、隅の柱には大仏様木鼻がついています。
柱は面取り角柱。上部には飛貫と頭貫が通り、頭貫に大仏様木鼻があります。
柱上の組物は、大斗と舟肘木を組んだもの。
西面には中備えの意匠があります。
飛貫の上は板蟇股、頭貫の上は巻斗と肘木を組んだものが配されています。
鐘楼の南側には境内社の稲荷社が西面しています。
参道には石造明神鳥居が立ち、扁額は「正一位王子稲荷社」。
稲荷社本殿は、一間社流造、正面千鳥破風付、銅板葺。
柱はいずれも角柱。虹梁の木鼻や、千鳥破風の懸魚に彫刻があります。
山門などの伽藍については以上。