甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

神社本殿の屋根の造り 後編(連結・連棟式の社殿)

今回も寺社の基礎知識として、神社本殿の屋根の造りについて。

 

前編では神社本殿の屋根の様式(造り)のうち、流造、春日造、入母屋などの主要な様式について分類・解説しました。

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当記事では、前編で解説しきれなかった連結式・連棟式の神社本殿について解説いたします。

 

複数の本殿を連結したもの

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(同様式の本殿が複数並んだ例*1 )

神社には神が祀られていますが、ひとつの祭神だけを祀った神社は少数で、たいていは2柱以上の神が祀られています。祭神が複数いる神社では、ひとつの本殿に複数の神が祀られる場合と、祭神の数だけ本殿が並ぶ場合があります。

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(3組の扉が設けられた本殿*2 )

ひとつの本殿に複数の神を祀る場合、本殿の母屋の正面に2組以上の扉を設けることがあります。たとえば、八幡宮(あるいは八幡神社)と呼ばれる神社はたいてい3柱の神を祀るため、本殿の正面に3組の扉を設けます*3

 

祭神の数だけ本殿を並べる場合、同格の祭神が複数いると、同じ建築様式の本殿がいくつも造られて横に並ぶことがあります。その中には、横に並んだ本殿をつなげて1棟にした例もあります。そのような例を以下で紹介していきます。

 

流造および入母屋

窪八幡神社本殿

(正面11間の本殿)

流造は平入の建築様式のため、複数棟を横につなげても、横長な流造になるだけです。構造的に通常の流造と大差ないうえ、横につなげて大きな1棟にしたほうが見栄えのする社殿になるため、流造を連結した例は数多く造られています。

連結式の流造のうち、もっとも規模が大きいのは、正面の間口が11間ある窪八幡神社本殿(山梨市)です。この本殿は、正面3間の流造本殿3棟を、あいだに1間置いて連結したものです。

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(向拝と階段が3つにわかれ、屋根に千鳥破風が3つついた流造本殿*4 )

連結式の流造を造ると、長大で変化に乏しい外観になりがちです。そのため、向拝を複数にわけたり、屋根に千鳥破風を設けたりして、神座の位置を強調することがあります。

このような本殿のうち、国の文化財に指定されている例を挙げると、添御県坐神社本殿(奈良市)、住吉神社本殿(下関市)、金剛寺鎮守丹生高野明神社本殿(大阪府河内長野市)があります。

(烏帽子形八幡神社本殿。青枠矢印部分に虹梁がなく、向拝が左右にわかれている。)

流造と同様に、入母屋(平入)を横につなげたと思われる例もあります。

代表例は烏帽子形八幡神社本殿(河内長野市)、錦織神社本殿(大阪府富田林市)などがあり、これらは向拝が左右にわかれており、中央部には虹梁がわたされていません。

 

春日造(比翼春日造)

(今宮神社若宮社本殿、京都市、江戸中期)

春日造は妻入の建築様式のため、複数棟を横につなげるとM字型の屋根が形作られます。このような様式の屋根を「比翼〇〇造」といい、春日造の場合は「比翼春日造」(ひよくかすがづくり)と呼ばれます。

ただし比翼春日造は屋根に谷の個所ができてしまうため、雨仕舞に課題があります。そのせいか、流造をつなげた例とくらべて、比翼春日造の例は非常に数が少ないです。

代表例は平野神社第一殿・第二殿と第三殿・第四殿の2棟です。西宮神社本殿(兵庫県西宮市)は春日造を3棟並べて連結したものだったようですが、戦災で焼失しています。

 

その他の特殊な連棟式本殿

(吉野水分神社本殿、奈良県吉野町、江戸初期 ※画像はWikipediaより引用)

きわめて特殊な例ですが、流造と春日造を左右につなげた形式の本殿が存在します。

現存例のうち国の文化財に指定されているのは吉野水分神社本殿のみ。この本殿は春日造の左右に流造を各1棟置き、3つの本殿をつなげて1棟としたものです。

 

本殿と拝殿などを連棟・連結した社殿

ここまで流造、春日造、入母屋を連結した本殿を解説しました。これらはあくまでも本殿だけを連結したものであり、ほかの社殿から独立した建物でした。

しかし、ほとんどの神社は、本殿の手前に拝殿や幣殿といった社殿が配置されています。そして、拝殿などを本殿と連結して1棟とした社殿もあります。中には、社殿の配置のことを指して「〇〇造」と呼んだものもあります

以下では連結式の社殿や、社殿の配置を指した「〇〇造」を解説していきますが、そのうちで、普遍的に存在するのは権現造だけです。ほかの様式は現存例がきわめて少なかったり、定義があいまいであったりして、安易に「〇〇造」と分類すべきでないものです。

 

権現造(ごんげんづくり)

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(正式な権現造の例。左が本殿、右が拝殿。本殿と拝殿をつなぐ中央の低い屋根が幣殿。*5 )

権現造は、拝殿、幣殿、本殿の3つを連結して1棟とした建築様式です。

とくに特徴的なのが幣殿で、権現造の幣殿は、神社建築ではめずらしい土間床になっており、「石の間」とも呼ばれます。幣殿の屋根は両下造(りょうさげづくり)と呼ばれる妻入の切妻で、前後の幣殿と本殿をつないでいます。

権現造の建物の本殿部分は、基本的には入母屋ですが、流造が採用された例もいくつかあります*6。拝殿部分については入母屋が採用された例がほとんどで、多くは正面に千鳥破風や軒唐破風が付加されています。当サイトでは拝殿・本殿ともに入母屋のものを正式な権現造とし、それ以外(流造など)のものは「広義の権現造」と解釈しています。

権現造は、別名を「石の間造」「八棟造」ともいいます。「石の間造」は前述の特徴的な幣殿に由来するものです。「八棟造」(やつむねづくり)は屋根形状が複雑であることをたとえた名称で、じっさいに棟の数が8つあるわけではありません。

 

権現造は鎌倉時代初期には成立しており*7、その起源は平安時代の北野天満宮の創建時までさかのぼると考えられます*8。現存例のうちもっとも古いのは北野天満宮(京都市、1607年再建 1669年修理)です。なお「権現造」という名前は江戸初期以降につけられたもので、徳川家康(東照権現)を祀った東照宮にこのような建築様式が採用されたことに由来します*9

 

八幡造(はちまんづくり)

(宇佐神宮上宮本殿、大分県宇佐市、江戸後期 ※画像はWikipediaより引用)

八幡造は、切妻(平入)の屋根を前後に2棟並べて連結した建築様式です。平入の屋根が前後に並ぶため、横から見ると屋根はM字型になります。

成立年代は遅くとも平安初期と考えられ*10、流造や春日造とならんで古い様式といえます。ただし現存例はいずれも江戸時代のもので、宇佐神宮(大分県宇佐市)、石清水八幡宮(京都府八幡市)、伊佐爾波神社(愛媛県松山市)など数件があるのみです。

 

諏訪造(すわづくり)

(諏訪大社上社本宮 拝殿 幣殿および左右片拝殿、長野県諏訪市、江戸後期)

諏訪造は、中央に拝殿と幣殿、その左右に片拝殿という社殿を配置した建築様式です。基本的に、諏訪造には本殿がありません。

長野県の諏訪地域に特有の建築様式で、ほかの地域では見られません*11

成立年代は不明。現存最古の例は1617年造営の諏訪社(富士見町)。

なお、諏訪大社下社(秋宮春宮)の社殿は幣拝殿の部分が楼門形式となっており、同じ「諏訪造」ですが諏訪大社上社本宮の社殿とは少し異なる建築様式です。諏訪造は明確な定義がないうえ、国の文化財に指定されている全4例はいずれも諏訪大社の社殿であるため、「〇〇造」という形式で分類すべきでないかもしれません

 

尾張造(おわりづくり)

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(富部神社祭文殿および回廊、名古屋市、年代不明)

尾張造は、本殿の手前に祭文殿という社殿を配置し、本殿を回廊で囲った建築様式です。

愛知県西部(旧尾張国)に特有の様式です*12

成立年代は不明。尾張造の社殿のうち、祭文殿と回廊と本殿のすべてが国指定の文化財となっている例は、大縣神社(犬山市)のみです。よって、尾張造は諏訪造と同様に、「〇〇造」という形式で分類すべきでないかもしれません

 

連結式・連棟式の神社本殿については以上。

次回は番外編として、例が極端に少なかったり、「〇〇造」と呼ぶのが適切でないと思われる本殿の建築様式を紹介・解説していきます。

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*1:熊野神社、山梨県甲州市

*2:八幡神社甲良社本殿、長野県佐久市、室町後期

*3:むろん例外も多くあり、すべての八幡宮がこのような造りをしているわけではない

*4:鏡作坐天照御魂神社本殿、奈良県田原本町、江戸中期

*5:妙義神社拝殿・幣殿・本殿、群馬県富岡市、江戸中期

*6:非常にめずらしい例として、榛名神社(群馬県高崎市)の本殿部分は春日造が採用されている

*7:『神社の本殿』p.136、三浦正幸、2013年

*8:『日本建築史講義』p.352、海野聡、2022年

*9:『日本建築史』p.166、後藤治、2003年

*10:『神社の本殿』p.133

*11:国指定の文化財でないものならば、諏訪地域に隣接する自治体にも例がある。筆者が確認できているのは、小野神社(塩尻市)と矢彦神社(辰野町)の2社のみ。

*12:国指定の文化財でないものならば、知立神社(愛知県知立市)がある。知立神社は旧三河国の二宮。