今回は山梨県甲州市の熊野神社(くまの-)について。
熊野神社は塩山市街の住宅地に鎮座しています。
創建は不明。『甲斐国志』(1814年成立)によると朱鳥年間(686-701)、紀州の熊野三山から勧請されたとのこと。また、平安後期には後白河法皇の勅命で社殿が造営されたらしいです。室町時代は武田氏の崇敬を受け、多くの社宝が奉納されています。江戸時代は甲府藩の崇敬を受けました。
現在の境内は3段の区画に分けられ、最奥部には6棟の本殿が並立しています。社殿のうち、拝殿は室町後期、東側の本殿2棟は鎌倉末期のものとされ、計3棟が国の重要文化財に指定されています。ほかにも江戸時代の本殿3棟や、神仏習合のなごりをとどめる鐘楼など、充実した境内となっています。
当記事ではアクセス情報と、拝殿および本殿の概要について述べます。
現地情報
所在地 | 〒404-0036山梨県甲州市塩山熊野174(地図) |
アクセス | 塩山駅または東山梨駅から徒歩30分 一宮御坂ICから車で20分 |
駐車場 | 10台(無料) |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 20分程度 |
境内
参道
熊野神社の境内は南向き。
こちらは一の鳥居で、社頭から南へ100メートルほど行った場所に立っています。
石造明神鳥居。扁額は「熊野山」。野の字は、「土の上に田と又」という構成で、堅の字の左上を田に置き換えた独特な字形のものが使われています。
社頭は生活道路に面しています。
二の鳥居は石造明神鳥居。扁額は判読できず。
右にある社号標は「熊野神社」。一の鳥居の扁額と同様に、「野」は「堅」のような字体。
参道右手には手水舎。
切妻、銅板葺。
鐘楼
拝殿向かって右手前、境内下段の区画の東側には、鐘楼があります。
神仏習合の時代の神宮寺のなごりと思われます。ただし、内部に梵鐘はありません。
鐘楼は、入母屋、鉄板葺。袴腰付。
柱間は、正面側面ともに1間。紙垂のついた縄がかけられています。
縁側は切目縁で、欄干は跳高欄。
柱は面取り角柱。
頭貫には象鼻が付き、柱上には台輪がまわされています。
組物は出組。中備えにも出組が置かれています。
下層は袴腰。
壁面は下見板になっています。
拝殿
境内は石垣で下段・中段・上段の3区画に分けられており、参道を進むと中段の石垣の上に拝殿が鎮座しています。
拝殿は、桁行5間・梁間3間、入母屋、茅葺。
1549年(天文十八年)造営。「熊野神社拝殿」として単独で国指定重要文化財となっています。
中央の柱間は広く取られ、飛貫(鴨居)の位置も高くしています。
左右の柱間には、縦板の腰壁が張られていますが、窓や蔀はありません。よって、前後左右の4面すべてが吹き放ちです。
柱はいずれも角柱。室町後期の建築のため、面取りの幅がやや大きく造られています。
軸部に長押は使われず、貫が多用されていますが、木鼻はありません。柱間の欄間はしっくい塗りの白壁で、中備えもありません。
軒裏は一重まばら垂木。
左側面(東面)。
側面は3間で、3間とも腰壁が張られています。
縁側は切目縁が4面にまわされています。
入母屋破風には木連格子が張られ、懸魚が下がっています。
左手前(南西)の隅から、拝殿内部を見た図。写真左の室外に見えるのは本殿。
正面5間・側面3間のうち、周囲1間通りの部分を化粧屋根裏とし、母屋の中央部の正面3間・側面1間の部分に棹縁天井を張っています。
室内に立つ柱は2本だけで、梁や大瓶束を複雑に組むことで、中央の天井を支えています。
2本の柱のあいだには虹梁がわたされ、その中央では大瓶束が立てられ、梁の交差点を受けています。
内部の、向かって左側の柱。
円柱が使われ、柱上は平三斗で梁を受けています。
虹梁の木鼻は拳鼻。
向かって左側にわたされた梁。
内部の柱は、側面(写真左端)の柱の筋からずれた位置に立っています。
こちらも梁の中央に大瓶束が立てられ、化粧屋根裏と棹縁天井の境界部の梁を受けています。
本殿(6棟の概要)
境内の最奥部の上段の区画には、6棟の本殿が並立しています。
向かって右端(東側)が第一本殿、左端が第六本殿のようです。
右側の2棟。
右から、第一本殿、第二本殿。どちらも同じ様式で造られています。
祭神は、第一本殿がイザナキ、第二本殿が速玉男。
中央の小社殿と、左側の3棟。
写真右にある小さな本殿が第三本殿で、その左に第四本殿、第五本殿、第六本殿が並びます。第四、第五、第六本殿の3棟は、ほぼ同じ様式で造られています。
祭神は、第三本殿が事解男、第四本殿がアメノオシホミミ、第五本殿がニニギ、第六本殿がホオリ。
拝殿と本殿の概要については以上。