甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

神社本殿の屋根の造り 番外編(例の少ない様式)

今回も寺社建築の基礎知識として、神社本殿の屋根の造りについて。

 

前編および後編では、流造や権現造など、多くの例がある様式や、普遍的に分布している様式について解説しました。

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当記事では、例が極端に少ない特殊な様式を列挙し、解説していきます。

 

例が極端に少ない様式

ここまで、流造のような主要な様式(前編にて既述)の本殿や、権現造のような連棟式の本殿(後編にて既述)を解説しました。これらの建築様式は現存例がいくつかあり、「○○造」といったふうに分類してグループ分けができます。

しかし神社本殿の中には、ほかに類例のない様式が「○○造」と分類して呼ばれている例が少なくありません。例がひとつしかない様式の本殿を「○○造」と呼んで、流造や春日造などと同列にあつかうのは不適当*1だという批判が戦前からあります*2

 

以下では、例が極端に少ない特殊な建築様式や、屋根の造り以外の観点が含まれた建築様式について、批判を加えつつ紹介・解説していきます。以下の「〇〇造」は参考程度にとどめておくのが無難でしょう。

 

切妻(平入)の系統

日吉造(ひよしづくり/ひえづくり)

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(日吉大社東本宮本殿、大津市、安土桃山時代)

日吉造は、切妻の母屋の3面(正面と両側面)に庇がついた様式です。正面は入母屋とよく似ていますが、背面から見ると軒先が切り落とされたような形状になっています。この様式が確立されたのは平安時代*3と考えられます。

成立過程や内部の構造、庇の有無も加味するなら、「日吉造」と区別して呼ぶのは意味のあることだと思います。単に屋根の形式だけを見るのなら、切妻の変種という扱いになります。

現存例は日吉大社の3棟のみ。

 

浅間造(せんげんづくり)

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(富士山本宮浅間神社本殿、静岡県富士宮市、江戸初期)

神社建築ではきわめてめずらしい2重の様式。下層は入母屋(あるいは寄棟)、上層は流造となっています。

現存例は富士山本宮浅間神社本殿の1棟のみ。静岡浅間神社拝殿も浅間造と呼ばれることがありますが、こちらは本殿ではなく拝殿で、上層は入母屋になっています。これら2棟を除くと、浅間造で国指定の文化財(国宝と重文)はありません。

 

生島足島造(いくしまたるしまづくり)

(生島足島神社内殿の平面図 ※画像はWikipediaより引用)

本殿内部に収められた内殿の建築様式。桁行3間で内部は土間床、向かって左2間が内陣で、右1間が外陣となっています。

神社本殿で土間床が採用されるのは異例で、内陣外陣が左右に分かれている点も特異です。しかし、屋根の形式で分類するなら、切妻の一形態という解釈で充分です。

現存例は生島足島神社内殿(室町後期、長野県宝)の1棟のみ。

 

穂高造(ほたかづくり)

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(穂高神社本殿 ※画像はWikipediaより引用し、加工したもの)

流造の本殿の屋根に、ゆるいV字型の千木が乗った建築様式。

流造の一種です。

代表例は穂高神社本殿(長野県安曇野市、造営年不明)。

 

近江造(おうみづくり)

流造の向拝の軒先から、切妻(妻入)の庇を伸ばした建築様式。

流造の一形態と解釈すべきでしょう。

現存例は近江神宮(大津市、昭和時代)のみ。

 

切妻(妻入)の系統

隠岐造(おきづくり)

(水若酢神社本殿 ※画像はWikipediaより引用)

母屋は切妻(妻入)で、その前面に庇をつけた建築様式。島根県の隠岐地域のみで見られます。

大社造の一種という解釈もあり*4、内部構造や成立過程も加味するなら、「隠岐造」は本殿の建築様式のひとつとして区別する必要がありそうです。屋根の構造だけで区分するなら、古式の春日造の一種という解釈で充分かと思います。

現存例のうち、国指定の文化財となっているのは水若酢神社本殿と玉若酢命神社本殿の2棟のみ。

 

美保造(みほづくり)

大社造を左右に2棟並べ、相の間でつなぎ、正面全体に庇をつけた建築様式。「比翼大社造」とも呼ばれます。

現存例は美保神社本殿の1棟のみ。

 

平野造(ひらのづくり)

(平野神社第一殿・第二殿、京都市、江戸前期)

春日造を左右に2棟並べ、相の間で連結して1棟とした建築様式。

後編で述べた「比翼春日造」の別名です。

 

大鳥造(おおとりづくり)

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(大鳥大社本殿、大阪府堺市、明治時代)

屋根は切妻(妻入)、母屋の平面は2間四方の正方形で、内部は内陣と外陣に分けられています。前編で述べた住吉造の奥行きを半分にした建築様式と解釈できます。

代表例は大鳥大社本殿。

 

入母屋の系統

中山造(なかやまづくり)

(中山神社本殿 ※画像はWikipediaより引用)

妻入の入母屋に、唐破風の向拝を付けた構造が特徴。

入母屋(妻入)の一種であるため、「中山造」と分類する必要はないでしょう。ただし、妻入の入母屋の本殿に「〇〇造」という形式の分類名をつけるなら、「中山造」は有力な候補になりうると思います*5

現存例は中山神社を中心に、岡山県などに数例あります。

 

貫前造(ぬきさきづくり)

貫前神社の本殿

(貫前神社本殿、群馬県富岡市、江戸前期)

外見は三間社入母屋(妻入)ですが、内部が2層になっていて、正面の破風の妻壁に小窓がついているのが特徴。

入母屋(妻入)の一形態です。

現存例は貫前神社本殿の1棟のみ。

 

土佐造(とさづくり)

(土佐神社本殿 ※画像はWikipediaより引用)

拝殿・幣殿・本殿の3つで1棟となった連棟式の社殿。拝殿と幣殿の2棟で十字型の平面をなしており、「入蜻蛉」(いりとんぼ)なる別名もあるようです。

現存例は土佐神社本殿(高知市)の1棟のみ。

本殿は桁行5間で寺院風の造りをしており、この点は特筆すべき事項です。とはいえ、本殿の屋根の形式は、入母屋の一形態にすぎません。

 

香椎造(かしいづくり)

(香椎宮本殿の左側面 ※画像はWikipediaより引用)

入母屋の両側面に車寄せが付き、正面と両側面に各1間の向拝を付した建築様式。

現存例は香椎宮本殿(福岡市、江戸後期)の1棟のみ。入母屋本殿の一形態という解釈で充分でしょう。

 

祇園造/八坂造(ぎおんづくり/やさかづくり)

(八坂神社本殿、京都市、江戸前期)

前後に並んだ本殿と拝殿を、ひとつの大きな入母屋屋根で覆った建築様式。祇園造とも八坂造とも呼ばれます。

内部構造で考えれば連棟式の社殿と解釈でき、八幡造や寺院建築の双堂(ならびどう)との類似性・関連性という点でも興味深いです。とはいえ、屋根の形式は、入母屋の一形式という解釈で充分でしょう。

現存例は八坂神社本殿の1棟のみ。

 

織田造(おだづくり)

(劔神社本殿 ※画像はWikipediaより引用)

入母屋の前面に、千鳥破風や軒唐破風付の向拝を付した建築様式。

入母屋の一形態です。

代表例は劔神社本殿(福井県越前町、江戸前期)。

 

錦織造(にしこおりづくり)

(錦織神社本殿 ※画像はWikipediaより引用)

入母屋の前面に、千鳥破風と軒唐破風を設けた建築様式。

入母屋の一形態。前述の「織田造」とほとんど同じ様式です。

代表例は錦織神社本殿(大阪府富田林市、室町前期)。

 

吉備津造(きびつづくり)

(吉備津神社本殿 ※画像はWikipediaより引用)

入母屋を2つ並べた本殿の手前に切妻(妻入)の拝殿が伸び、拝殿に裳階(もこし)をまわした建築様式。「比翼入母屋造」(ひよくいりもやづくり)とも呼ばれます。神社本殿としてきわめて大規模なのはむろんのこと、細部に大仏様の意匠が使われている点や、裳階に本瓦が使われている点など、特筆すべき事項が多いです。

異例づくしの建築様式ですが、拝殿部分を無視して本殿部分だけを見れば入母屋(平入)の変種です。

現存例は吉備津神社本殿の1棟のみ。

 

その他(分類不能)の系統

南宮造(なんぐうづくり)

(南宮神社高舞殿、岐阜県垂井町、江戸初期)

定義は不明。現存例は南宮大社のみ。

回廊の中央に宝形の高舞殿を置き、拝殿の後方に幣殿と入母屋(平入)の本殿を配置しています。各所の意匠は、和様と禅宗様の折衷らしいです。

定義があいまいなため、「〇〇造」と呼ぶのは不適当かと思います。また、和様と禅宗様の折衷については「折衷様」という呼称で充分です。

 

水分造(みくまりづくり)

中央に春日造を置き、その左右に流造を並べ、回廊で連結した建築様式。3つの本殿はそれぞれ独立した屋根を持っています。吉野水分神社(奈良県吉野町)も似た形式ですが、こちらは3つの本殿が一体化して1棟になっているため、別の建築様式です。

独特な形式ですが、屋根の造りで分類するのなら、春日造と流造の一形態にすぎません。

現存例は建水分神社本殿の1棟のみ。

 

熊野造/王子造(くまのづくり/おうじづくり)

熊野造および王子造(皇子造とも表記する)は2通りの定義・解釈があります。

ひとつは、前編の記事で述べた「隅木入り春日造」の別名もうひとつは、同じく前編で述べた「入母屋(妻入)」の別名です。

両者は非常によく似た構造をしており、背面を見ないと区別がつきません。そのせいか、どちらを指して熊野造・王子造とするのかはっきりしない場合が多々あり、混乱の原因になりかねません。熊野造、王子造という呼称は、どちらの様式を指して言っているのかを明示して使うべきでしょう。

 

神社本殿の屋根の造りについての解説は以上になります。

*1:独特な建築様式に「〇〇造」と名付けること自体を批判しているわけではない点に留意されたい

*2:「春日造の名称に関連して」、谷重雄、1939年

*3:『神社の本殿 -建築にみる神の空間-』p.131、三浦正幸、2013年

*4:『神社の本殿』p.115

*5:ほかの候補としては、「熊野造」や「王子造(皇子造)」も有力か