甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【多治見市】永保寺 前編(庭園と観音堂)

今回は岐阜県多治見市の永保寺(えいほうじ)について。

 

永保寺は多治見市街の高台に鎮座する臨済宗の寺院です。山号は虎渓山。

創建は鎌倉後期の1313年で、多数の庭園を設計したことで知られる夢窓疎石によって開基されました。
境内については鎌倉後期と室町初期に造営された2棟(観音堂と開山堂)が国宝指定されています。両者とも鎌倉期に伝来した禅宗様がベースでありながら、独自のアレンジがくわえられた非常に個性的で類例のない物件となっています。また、境内の景観も良好で、必見の名刹です。

 

当記事では前編として庭園観音堂について解説していきます。

開山堂やその他の伽藍については後編をご参照ください。

 

現地情報

所在地 〒507-0014岐阜県多治見市虎渓山町1-40(地図)
アクセス 多治見駅から徒歩30分
多治見ICから車で5分
駐車場 50台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
寺務所 あり
公式サイト 虎渓山
所要時間 30分程度

 

境内

庭園

永保寺には正門のようなものがなく、駐車場が北のほうにあるため境内の裏手から入ることになります。

永保寺庭園

こちらが永保寺の庭園(国指定名勝)。

中央に見えるのは国宝の観音堂(後述)。その手前の橋は無際橋。

左の岩山には滝が流れ、水面には岩山と観音堂が写り込んでおり、見栄えのする構図。永保寺を開基した夢窓疎石は造園の名手でもあったので、この庭園も夢窓疎石が設計した可能性が考えられます。

無際橋は何度か架けかえられていますが、観音堂は創建直後のものであり、岩山や池もほとんど後世の手が加えられていないため、おそらく鎌倉後期からこのような景色だったのではないでしょうか。

 

観音堂

観音堂と無際橋

観音堂の手前に架けられた橋は無際橋という名称があります。

屋根は檜皮葺の切妻(妻入)で、木鼻や組物、欄干に禅宗様の意匠が散見されます。

こちらは特に文化財指定はされていないようなので、あまり古いものではないと思われます。

 

永保寺観音堂

観音堂は正面3間・側面3間、一重、裳階付、入母屋、桧皮葺。

柱はいずれも円柱。裳階の下は正面5間・側面5間の平面となっており、前方の1間は壁のない吹き放ち。左右側面と背面には縁側がまわされています。

造営は鎌倉後期の1314年(正和3年)国宝に指定されています。

 

建築様式は、鎌倉から室町にかけての禅宗様建築でよくある「方三間裳階付」(ほうさんけん もこしつき)というもので、類例としては円覚寺(鎌倉市)、定光寺(愛知県瀬戸市)、清白寺(山梨市)などがあります。しかしそれらの端正な禅宗様建築とくらべると、この永保寺観音堂は型破りな箇所が散見されます

 

観音堂裳階の軒下

まずは裳階の下から。

いちおう補足しておくとこの観音堂は2階建てではなく平屋で、下の屋根は裳階(もこし)という庇の一種になります。

 

正面の柱間の上部には、波状のパターンが彫られた弓欄間。その奥の母屋には両開きの桟唐戸(さんからど)が3組。このあたりは禅宗様の定番といえる意匠です。

そのいっぽう、床を高床にしていたり(本来は土間)、前方の1間を吹き放ちにして欄干を立てたり、左右と背面にくれ縁を設けたりと(吹き放ち空間や縁側は設けないのが普通)、禅宗様のセオリーを大きく逸脱しています。

 

観音堂東面

右側面(東面)。

柱間に弓欄間がついているのは正面と前方の1間だけで、ほかは板でふさがれているだけ。

壁板は縦方向に張るのが禅宗様の通例ですが、この観音堂は横方向に張っています。なお、裳階の上の壁板は縦方向に張られていました。

縁側は壁面と平行に板を張ったくれ縁で、縁の下は角柱の束で支えられています。柱の床下はいずれも円柱に成形されていました。

 

観音堂軒下

裳階の上・下ともに、柱は上端が丸くすぼまった粽(ちまき)。柱から突き出る木鼻は、頭貫と台輪に付けられています。両者とも禅宗様建築の意匠です。

禅宗様の組物は柱間にもびっしりと並べるものなのですが、この観音堂の組物は柱上に置かれいるだけ。裳階の下の組物は持出しのないもの、裳階の上では一手先の組物が桁を持出ししています。

軒裏は垂木がなく、板軒となっています。これもめずらしい手法ですが、類例に最恩寺(山梨県南部町)があります。

 

観音堂の軒先

そして永保寺観音堂の最大の見どころといって過言でないのがこの軒反り。

屋根の四隅が過剰なまでに反り返っており、表面の檜皮はもちろんのこと裏甲や茅負などの部材もそれに追従して曲がっています。鋭く尖った四隅と、躍動感あふれる屋根の曲線が夏の野山と空に映えます。

この日は異例の長雨のうっぷんを晴らすような好天。差すような日射がそそぎ、昼前にもかかわらず30度をすでに上回る猛暑でしたが、この屋根の美しさの前では暑さなど些事のようなもの。

 

観音堂俯瞰図

境内の裏手にある塔頭(境内寺院)のほうへ行くと、途中の坂道で観音堂の背面を見下ろすことができます。

上から見下ろしてみてもなかなか美しいと思いますが、私としてはやはり下から見上げるアングルがいちばん良いと思います。

 

永保寺の庭園と観音堂については以上。

後編では開山堂とその他の伽藍について紹介・解説いたします。