今回も京都府京都市の妙心寺について。
当記事では仏殿と法堂について述べます。
仏殿
山門の後方へ進むと、妙心寺の本堂に相当する仏殿が鎮座しています。
桁行3間・梁間3間、一重、裳階付、入母屋、本瓦葺。
1827年(文政十年)再建。当寺の伽藍のなかでは新しい部類です。「妙心寺 13棟」として国重文*1。
屋根は二重に見えますが、下の屋根は裳階(もこし)という庇で、内部は平屋になっています。
「一重、裳階付、入母屋」は禅宗様建築の典型とされる建築様式*2で、各所の意匠も禅宗様で統一されています。
また、妙心寺の伽藍は、勅使門・山門・仏殿・法堂(後述)の4棟が南北の軸上に一直線に並んでおり、典型的な禅宗寺院式の伽藍配置となっています。
下層(裳階の下)は5間。
左右両端の柱間は腰貫の上に火灯窓。中央の3間は桟唐戸で、まんなかの1間は柱間が広いため、2つ折れの桟唐戸が使われています。
柱は円柱で、上端が絞られた粽柱です。
柱の上部には頭貫と台輪が通り、柱上の組物は出三斗。柱間の組物(詰組)は、木鼻のついた平三斗が置かれています。
粽柱、詰組のほか、桟唐戸や火灯窓は、いずれも禅宗様の意匠です。
扁額は退色していますが、「祈祷」と書かれていました。
正面向かって右端の柱間。
頭貫と台輪には、禅宗様木鼻がついています。
頭貫の下の欄間は、禅宗様建築では弓欄間が入ることが多いですが、この堂は板張りになっています。
右側面(東面)。右奥に見えるのは法堂と大方丈。
法堂は石積みの基壇の上に建ち、柱はそろばん珠状の礎盤の上に立てられています。
側面も5間で、柱間は火灯窓、桟唐戸、縦板壁となっています。
軒裏は平行の二軒繁垂木。
背面を右後方(北東)から見た図。
背面は中央の1間が桟唐戸で、ほかの4間は縦板壁です。
上層の正面。柱間は3間。
下層と同様に、上端の絞られた円柱が使われ、頭貫と台輪に禅宗様木鼻があります。
組物は尾垂木三手先。柱間にもびっしりと組物がならんでいます。
軒裏は放射状の二軒繁垂木。
上層の右側面。
側面も柱間は3間。正面と同様に、詰組がならびます。
入母屋破風。
破風板の拝みと桁隠しには、鰭付きの三花懸魚。
金網がかかっていて見づらいですが、妻飾りは二重虹梁で、大瓶束や彫刻(題材不明)が配置されています。
大棟には鬼瓦。
仏殿の背面中央には渡り廊下があり、後方(写真右)の法堂への通路となっています。
この渡り廊下は、「廊下」という名称で、仏殿の附(つけたり)として国重文に指定されています。
法堂
仏殿の後方には、よく似た様式の法堂(はっとう)が鎮座しています。
桁行5間・梁間4間、一重、裳階付、入母屋、本瓦葺。
1657年(明暦三年)再建。「妙心寺 13棟」として国重文。
建築様式は前述の仏殿とおなじ「一重、裳階付、入母屋」ですが、こちらの法堂は桁行5間・梁間4間で、ひとまわり大きく造られています。
各所の意匠は、こちらもほぼすべてが禅宗様で統一されています。
下層(裳階の下)は正面7間。
中央の5間は桟唐戸、左右両端の各1間は火灯窓。
向かって右端の柱間。
柱は上端が絞られた円柱。頭貫と台輪には禅宗様木鼻。
柱上の組物と、中備えの詰組は、出三斗が使われています。
右側面(東面)。
柱間は火灯窓と桟唐戸。後方(写真右)の1間通りは横板壁。
背面。
中央の柱間は桟唐戸。ほかの6間はいずれも横板壁。
純粋な禅宗様建築は、横板壁ではなく縦板壁を使うため、この法堂は和様の意匠が若干まじっています。
上層の正面向かって右側。
こちらも粽の円柱が使われ、頭貫と台輪に木鼻があります。
組物は尾垂木三手先。
軒裏は二軒繁垂木。下層(裳階)が平行垂木であるのに対し、上層(屋根)は扇垂木です。
上層の右側面。
軒下の意匠は正面と同様。
正面5間、側面4間で、平面は正方形ではありません。
妻面。
破風板の拝みと桁隠しは、鰭付きの三花懸魚。
妻飾りは二重虹梁。金網がかかっていて見づらいですが、大虹梁の上に大瓶束や蟇股があります。
法堂の裏にも、仏殿の裏にあるものと似た造りの渡り廊下があります。
こちらも「廊下」という名称で、法堂の附として重文指定されています。
仏殿と法堂については以上。