甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【松本市】筑摩神社

今回は長野県松本市の筑摩神社(つかま-)について。

 

筑摩神社は松本市街の南を流れる薄川の南岸に鎮座しています。

筑摩郡(ちくまぐん)という松本から木曽にかけての広大な郡域を代表する神社であり、延喜式にも記載された歴史ある古社です。

それだけでなく、重要文化財の本殿は室町期の作風を色濃くとどめており、市内でも最古の建造物となっています。

 

現地情報

所在地 〒390-0815長野県松本市筑摩2-6-1(地図)
アクセス 松本駅から徒歩40分
松本ICから車で15分
駐車場 5台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

参道

筑摩神社の境内入口

筑摩神社の境内は南向き。入口には石製の両部鳥居が立っています。

鳥居の扁額には「八幡宮」とあり、八の字がハトのシルエットになっていました。

 

筑摩神社の二の鳥居

二の鳥居は赤い両部鳥居ですが、こちらには扁額はありません。

 

写真左に写り込んでいるのはお焚き上げの正月飾りやダルマ。霜よけのシートがかけられています。この日は市内の各所で左義長(どんど焼き)の準備が行われていました。

 

筑摩神社の門

二の鳥居を過ぎると、拝殿の前に門があります。

門は銅板葺の切妻(平入)で、正面1間・側面2間の四脚門(よつあしもん)。柱はいずれも角柱でした。

門の手前の段差には車いす用のスロープがついており、バリアフリー化もばっちり。

 

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順路で行くと次は拝殿ですが、その前に鐘楼の紹介を。

神社ですが境内には鐘楼(鐘つき堂)があり、銅鐘は松本地域最古の鐘で当地を治めた大名・小笠原氏が1514年(永正11年)寄進とのこと。市重文に指定されています。

 

拝殿

筑摩神社の拝殿

門をくぐった先には拝殿があります。

拝殿は檜皮葺の入母屋(妻入)。正面に向拝1間。

1610年(慶長十五年)に松本城主・石川康長の寄進で造営されたもので、長野県宝に指定されています。

 

屋根はヒノキの樹皮をかさねた檜皮葺(ひわだぶき)。神社の屋根材として最上級の格をもつ素材です。長野県の神社は意外にも檜皮葺が少なく、この近辺だと若一王子神社(大町市)や諏訪大社上社下社(諏訪市・下諏訪町)くらいしか例がないです。

 

賽銭箱の横には神社の概要や伝説が解説されているパンフレットがありました。

長野県の寺社には坂上田村麻呂にまつわる伝説が多く残っていますが、ここでは田村麻呂が八面大王なる賊を討伐した伝説があり、筑摩神社には八面大王の首が埋められているらしいです。

 

筑摩神社拝殿の向拝

拝殿の向拝の軒下。

梁や組物は極彩色に塗り分けられていますが、かなり退色してしまっています。特に赤色の塗料は退色が早いので、もうほとんど色が残っていません。

 

とはいえ保存状態はそこまで悪くはなく、右上の蟇股(かえるまた)にはハトのつがいが彫られているのがはっきりと分かります。

左上の組物は出三斗(でみつど)というタイプで、この塗り分けかたは室町末期から江戸初期の作風です。

 

本殿

筑摩神社本殿

拝殿のうしろには、塀に囲われた本殿があります。

桁行3間・梁間3間、三間社流造、檜皮葺。

案内板*1によると1439年(永享十一年)に小笠原政康の寄進で再建されたもので、国指定の重要文化財となっています。

“様式、組物等によく時代の特長が残り、優れた建造物”とのこと。

 

筑摩神社の左正面

左前方。

紫の幕がかかった場所は向拝(こうはい)といい、四角い柱(角柱)で正面の軒先を支えています。

正面の階段を雨から守る役割があるので階隠(はしかくし)と呼ばれることもあるのですが、この本殿は向拝の角柱が階段の上の縁側に立てられているせいで、階段をほとんど保護できていません。ふつう、向拝の角柱は階段の下に立てるものです。

 

また、写真の左のほうを見ると縁側に段差があり、正面側は低く、後方は高くなっていることがわかります。

低くなった正面側(向拝)は人が各種の儀式をする空間であり、高くなった後方(母屋)は神体が鎮座する神の占有空間。このような空間の格のちがいを、高低差で表現したのでしょう。

 

筑摩神社本殿の向拝の右側面

反対側になりますが、こちらは本殿前方の右側面。

幕がかかっていて見づらいですが、向拝の柱(左)は角柱母屋の柱(右)は円柱

寺社建築では「円柱>角柱」という序列が決まっており、これが逆転することはありえません。前述したように向拝は人の空間、母屋は神の空間なので、格のちがいを柱で表現するのが寺社建築のセオリーです。

 

向拝柱の上にある組物は、拝殿の組物以上に退色がひどいですが、向拝の組物の周辺はこの本殿を特徴づけるパーツが密集しています。言い換えればいちばんの見どころです。

まず、組物は出三斗をベースにして不規則に組み合わさった構成をしており、この時代(室町中期)のものにしては複雑です。

そして特に変わっているのが左右(写真では前後方向)の組物にわたされた丸桁(がぎょう)で、屋根裏の垂木を受ける丸桁が3本もあって無駄に凝った造り。ここの丸桁は1本あれば強度的に充分なうえ、それを受ける組物ももっとシンプルな造りにするのが普通です。

 

向拝と母屋を連結するつなぎ虹梁は、高低差のない箇所をつないでいるので湾曲しておらず、ほぼ直線。

つなぎ虹梁の上で垂木を受けている手挟(たばさみ)は雲のような意匠で、古いものなので彫刻はされておらずプレーンな造形。

 

筑摩神社本殿の妻壁

右側面の妻壁。

破風板からは黒っぽい懸魚(げぎょ)が垂れており、桁の木口をカバーしています。

長押(なげし)や貫の上には蟇股のような装飾材はなく、組物だけで壁面を装飾しています。

組物の上にある梁は持出しされておらず、柱の軸上にあります。梁の上には大瓶束(たいへいづか)が立てられ、組物を介して大棟を受けています。

 

筑摩神社本殿の背面

背面。こちらは桁が出組で持出しされています。

母屋の柱は円柱なのですが、床下をみると八角柱になっています。これは室町時代から出現する工作で、成形の手間を惜しんだ手抜きです。

 

縁側は正面と左右の計3面にまわされており、終端には脇障子が立てられています。縁側の床は切目縁。この写真からはわからないですが、欄干は跳高欄(はねこうらん)。

 

筑摩神社本殿の左正面

最後に左正面から見た図。

多数ある流造の本殿の中ではかなり個性の強い一品ですが、屋根は混じり気のない純然たる流造で、檜皮の柔軟性を生かした柔らかな曲面が美しいです。

最大の特徴である3本の丸桁は、シンプルになりすぎるきらいがある室町期の神社本殿に、他とは一線を画する重厚かつ優美な趣を与えています。

 

以上、筑摩神社でした。

(訪問日2019/04/06,2020/01/11)

*1:松本市教育委員会による設置