世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【小海町】諏訪神社(千代里宮上)

今回は長野県小海町千代里宮上(ちよさと みやうえ)の諏訪神社(すわ-)について。

 

諏訪神社(千代里宮上)は小海町の山間に鎮座しています。

本殿は江戸末期のもので歴史は浅いですが、立川流の宮大工の手によるもののため各所に彫刻が配置されており、派手な造りになっています。

 

現地情報

所在地 〒384-1105長野県南佐久郡小海町千代里1134(地図)
アクセス

高岩駅または馬流駅から徒歩25分

八千穂高原ICから車で5分

駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

参道と拝殿

諏訪神社の鳥居

諏訪神社の境内は東向き。

車道から少し石段を登った先に鳥居があります。木製の両部鳥居で、扁額はなし。

 

諏訪神社拝殿

拝殿は鉄板葺の切妻(平入)。向拝1間。

正面側がなめらかにカーブしていて、流造の神社本殿のような形状。

佐久地方では拝殿が本殿の覆い屋を兼ねている例が多々あり、この拝殿も内部に本殿が収められています

向拝の柱と梁には、しめ縄がW字状にかけられています。

 

本殿

諏訪神社本殿

本殿はこけら葺きの一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。

案内板(小海町教育委員会)によると、造営は1836年(天保7年)とのこと。棟梁は佐久市中小田切の大工で立川流の清水惣兵衛重貴、そのほか佐久市内の工匠や伊那市の高遠石工によって造られたようです。

祭神はタケミナカタと八坂刀女、事代主。母屋正面の扉に描かれた紋は、諏訪系の神社であることを示す梶の葉です。

 

諏訪神社本殿の海老虹梁

覆い屋の壁は一部が金網になっており、外から本殿をのぞき込むことができます。

写真は向拝と母屋をつなぐ海老虹梁(えびこうりょう)。竜が立体的に彫られており、ここは明らかに江戸末期の意匠です。

案内板によると“本殿に通ずる海老虹梁に所狭しとからみつき、のたうつ竜神の形相は凄まじく、北斎の絵にみるような勢い”。

 

諏訪神社本殿左側面

左側面の壁面には、牡丹と鞠に戯れる唐獅子。その上の欄間は、波と亀。

 

諏訪神社本殿右側面

右側面の壁面は、獅子の子落とし。

縁側に立てられた脇障子には竜が彫刻されています。反対側の脇障子には象が彫られていました。

 

諏訪神社本殿背面

背面の彫刻は、松の木から飛び立つ鷹と思しき鳥。その上の欄間の彫刻は題材不明。

頭貫の木鼻は立川流の定番といえる唐獅子。柱上の組物は尾垂木が突き出た出組。

 

諏訪神社本殿の縁側

縁側は壁面と直交に板を張った切目縁。前後左右の計4面にまわされており、欄干は擬宝珠付き。

縁の下は、木鼻のついた組物によって支えられています。

 

諏訪神社本殿の床下

背面側の床下を見ると板が外れている箇所がありました。うっすらと母屋の柱が見えます。

母屋柱の床上は円柱に成形されていますが、見えない床下は成形しやすい八角柱にするという手抜き工作がなされています。これは江戸期の寺社建築では定番の工作です。

 

社殿については以上。

境内の案内板は建築について詳細に書かれているので、その文末を下記に引用して当記事の締めとさせていただきます。

 この社殿建築は伝統技術に精通した小林源蔵昌長の基本構造に清水惣兵衛重貴の立川流彫刻の技術が十分に発揮された。佐久地方江戸時代末、天保期の代表的な神社建築の一つである。

 

以上、諏訪神社(千代里宮上)でした。

(訪問日2020/02/23)

寺社索引

山梨県

長野県

その他の都道府県

用語集

・用語集 ( / / / た・な / / ま・や・ら・わ)

寺社の基礎知識

その他コンテンツ

近現代の建築 ・博物館

自転車(輪行) ・駅そば ・参考書籍

新着記事