甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【長野市】祝神社

今回は長野県長野市の祝神社(ほうり-)について。

 

祝神社は松代地区の市街地に鎮座しています。

創建は不明。当初、本宮は山の中にあったようですが、里宮(現在の祝神社)に合祀されたとのこと。平安時代の『延喜式』には「祝神社」の記載があり、須須岐水神社(千曲市)境内社の祝神社(はふり-)とともに式内論社に比定されています。近世までの沿革は不明ですが、海津城(松代城)が造られ松代藩が置かれると、城下町の鎮守として庶民の崇敬を集めました。1608年(慶長十三年)に、海津城二の丸にあった諏訪社が合祀され、以降は「諏訪明神」「お諏訪さん」と呼ばれたようです。1751年(宝暦元年)に現在の社号に改められました。

現在の境内は江戸後期以降に整備されたもので、堀に囲まれた本殿のほか、多数の境内社が点在しています。本殿は二間社流造というめずらしい様式で、拝殿とともに国の登録有形文化財となっています。

 

現地情報

所在地 〒381-1231長野県長野市松代町伊勢町567(地図)
アクセス 長野ICから車で5分
駐車場 5台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

拝殿

祝神社の境内は西向き。入口は住宅地の生活道路に面しています。

右の社号標は「郷社 延喜式内 祝神社」。

入口には白い木造明神鳥居。扁額は「祝神社」。

 

鳥居の先には拝殿。周囲には御柱が立てられています。

拝殿は、入母屋(妻入)、向拝1間 軒唐破風付、桟瓦葺。

1815年(文化十二年)造営*1。国登録有形文化財。

 

正面の入母屋破風。

奥の妻飾りは、虹梁の上に笈形付き大瓶束が使われています。

破風板の拝みには猪目懸魚。左右の鰭は雲の意匠。

鬼板や鳥衾には、真田家の六文銭の紋が見えます。

 

向拝は1間。案内板(設置者不明)によると、拝殿および本殿の彫刻は立川流とのことですが、立川流の誰が彫ったのか書かれていませんでした。

虹梁の絵様は若葉の意匠。中備えは中央に竜の彫刻、左右に出三斗が置かれています。

唐破風の懸魚は、雲の彫刻。

 

向拝柱は几帳面取り。側面の木鼻は見返り唐獅子。

柱上の組物は出三斗。

 

向拝柱(写真左)と母屋(右)のあいだには繋ぎ虹梁がわたされ、その上に笈形付き大瓶束が置かれています。大瓶束の上から小さな海老虹梁が出て、母屋柱の上端に取り付いています。

向拝柱の上で軒裏を受ける手挟には、雲が彫られています。

 

右側面(南面)の全体図。

側面は7間。前方の1間は吹き放ちの外陣で、そのうしろ(写真右)の3間は中陣となっています。そして後方の3間は内陣で、床が少し高く造られています。

 

向かって右手前の母屋柱。

母屋柱は角柱。軸部は長押と貫で固定され、柱上には実肘木が使われています。

 

本殿

拝殿の後方には、堀に囲われた本殿が鎮座しています。祭神は天活玉命と諏訪神(タケミナカタと八坂刀売)。

 

桁行2間・梁間1間、二間社流造、向拝1間、銅板葺。

1812年(文化九年)造営*2。国登録有形文化財。

 

写真では分かりづらいですが、母屋の正面には2組の扉があり、二間社流造(にけんしゃながれづくり)という建築様式となっています。流造は正面1間の一間社と、正面3間の三間社がほとんどで、二間社や四間社以上のものは希少です。

 

向拝柱は几帳面取り角柱で、側面には象の木鼻がついています。柱上は出三斗。

虹梁中備えには竜の彫刻。

 

母屋の周囲は、切目縁が3面にまわされています。欄干は擬宝珠付き。

 

反対側、向かって左(北面)から見た図。

向拝柱と母屋のあいだには、湾曲した海老虹梁がわたされています。向拝側は向拝柱の組物の上から出て、母屋側は頭貫の位置に取り付いています。

 

母屋柱は円柱で、軸部は長押と貫で固定され、柱上に台輪がまわされています。頭貫と台輪には禅宗様木鼻。

柱上の組物は連三斗。

中備えは蟇股で、波の意匠です。

妻虹梁の上には笈形付き大瓶束。束の左右の笈形も波の意匠で、束の上部には木鼻がついています。

破風板の拝みには蕪懸魚。蕪懸魚の鰭や桁隠しには波状の彫刻があります。

 

母屋の側面は一枚板の板壁。

縁側の背面側には脇障子が立てられ、羽目板に彫刻があります。こちらの彫刻は登竜門(鯉の滝登り)。

 

二間社のため、背面も2間となっています。

壁面は板壁で、中備えは蟇股でした。母屋柱の床下は、八角柱になっています。

 

宗像社

拝殿および本殿の右側(南側)には、池の中に宗像社が西面しています。

入口には木造両部鳥居。

 

宗像社本殿は、一間社流造、こけら葺。

祭神は宗像三女神と思われます。

 

向拝柱は几帳面取り角柱。側面に象鼻がつき、柱上は連三斗。

虹梁中備えは蟇股で、波の意匠の彫刻がついています。

 

境内北側の社殿

境内の北側には、稲荷社(写真左)と三社(八幡社、天神社、伊勢社)の合祀された社殿が南面しています。

入母屋、正面千鳥破風付、向拝1間、桟瓦葺。

祭神は、八幡社が誉田別命(応神天皇)、天神社が菅原道真、伊勢社がアマテラスとトヨウケです*3

 

向拝柱は几帳面取り。柱上の組物は出三斗。

柱の正面には唐獅子、側面には象の木鼻。巧拙のほどは解りませんが、力作だと思います。

 

虹梁は若葉の絵様に菊と思しき花が浮き彫りになっています。

虹梁中備えの彫刻は、牡丹に唐獅子。

虹梁両端の下側には持ち送りが添えられ、左右とも松に鷹の彫刻です。

 

母屋柱は角柱。海老虹梁は、柱のない場所に取り付いています。

 

母屋は頭貫に禅宗様木鼻がついています。

組物は出三斗と平三斗。中備えは蟇股。

軒裏は一重の繁垂木で、放射状に配置されています(扇垂木)。

 

以上、祝神社でした。

(訪問日2023/10/07)

*1:文化遺産オンライン、2023/10/31閲覧

*2:文化遺産オンライン、2023/10/31閲覧

*3:境内案内板より