世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

【富岡市】妙義神社と波己曽社

今回は群馬県の超メジャー観光地ということで、妙義神社(みょうぎ-)と波己曽社(はこそしゃ)について。

 

妙義神社は群馬県の南西にそびえる名峰・妙義山のふもとに鎮座しています。

古くからの修験霊場であり、江戸時代には関東平野の天門(北西の方位)をおさえる鎮守の霊場として幕府からの庇護を受けました。妙義神社境内では贅を尽くした豪華絢爛な社殿を拝むことができます。

 

現地情報

所在地 〒379-0201群馬県富岡市妙義町妙義6(地図)
アクセス

松井田駅から徒歩1時間

松井田妙義ICから車で5分

駐車場 道の駅みょうぎに200台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり
公式サイト 妙義神社公式サイト
所要時間  40分

 

境内

参道と総門

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道路沿いの一の鳥居。この先はちょっと急な坂道になります。

鳥居の先には有料駐車場があるので、距離と坂道を少しでも減らしたい人はこちらを使う手もあるでしょう。

 

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鳥居をくぐって参道を進むと総門(仁王門)があります。

総門は銅板葺の切妻(平入)で、正面3間・側面2間。内部は柱が省略されて側面1間で、“八脚門”というタイプのもの。柱はいずれも円柱。1773年の造営で、重要文化財です。

仁王(金剛力士)は仏教の守護者。神社なのに仁王門? と思うかもしれないですが、妙義神社の境内の下半分は明治期まで白雲山石塔寺という寺院の境内だった経緯があります。石塔寺は廃寺になってしまったようですが、この総門は幸運にも廃仏毀釈の毒牙を逃れおおせたようです。

扁額の「高顕院」は石塔寺の寺号で、神仏習合時代のなごりです。

 

奥に写っている岩山は白雲山。ちなみに“妙義山”はあくまでも一帯の山の総称であって、特定の山や峰を指す名称ではありません。

 

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灯篭の並んだ参道を登って行くと、二の鳥居があります。

境内は石垣が積まれ、階段も一直線でなく入組んでいるので、なんとなく城跡のような雰囲気。

 

波己曽社

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二の鳥居の先には、参道の右手に波己曽社が南向きに鎮座しています。

妙義山および妙義神社は波己曽山・波己曽神社と呼ばれていたようです。

上の写真は波己曽社拝殿で、銅板葺の入母屋(平入)、正面3間・側面2間。妙義神社公式サイトによると1656年のものとのこと。

正面は、中央の間口が広くなっており、中央の柱を省略した造りに見えます。屋根には穴の開いた外削ぎの置き千木と、鰹木。

屋根の上に見える三角の破風の内部や、軒下は金色をベースとした極彩色に塗り分けられており、非常に華やか。

 

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波己曽社を左斜めから見た図。

拝殿は平入なのですが、後方の本殿は妻入で、2つの棟がクロスして十字棟になるという構成をしています。後述の妙義神社(拝殿・幣殿・本殿)を簡略化したプロトタイプ(?)といったところでしょうか。

私の知る限りでは、これとまったく同じ様式の社殿はほかにないですが、拝殿と幣殿と本殿が一体化しているので、あえて分類するなら“権現造”(後述します)が適当でしょうか。

 

随神門と唐門

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参道に戻ると、長い石段がそびえ立っています。

石段を登った先にあるのは随神門で、銅板葺の切妻(平入)、正面3間・側面2間のよくあるタイプのものでした。柱はいずれも円柱。

 

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随神門を通り抜けると唐門が現れ、ついに妙義神社の拝殿が見えてきます。

唐門は銅瓦葺で、側面が唐破風(からはふ)になった切妻(平入)。正面1間・側面1間でいずれも円柱。1756年の造営で重要文化財

門柱の側面に取り付けられた彫刻はアクリル板で保護されています。この写真ではわかりにくいですが、扉は桟唐戸。

 

妙義神社 拝殿の彫刻

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ここまでちょっと長かったですが、ようやく妙義神社の本体というべき社殿に到着。社殿は拝殿・幣殿・本殿が一体化していて、上の写真は拝殿の部分です。

拝殿は銅瓦葺の入母屋で、正面3間・側面2間、正面に千鳥破風(ちどりはふ)、向拝は軒唐破風(のき からはふ)付き。幣殿・本殿とともに1756年の造営で、重要文化財

黒を基調とし、赤と金、そして軒下は極彩色の彫刻で埋め尽くされており、まさに絢爛豪華。

 

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向拝の軒下。

写真左右に写っている角柱(向拝柱)は、角部の几帳面取りのところが赤く塗装されているだけでなく、柱の面にも彫刻があり、細部に至るまで手が込んでいます。

角柱と母屋のあいだは、金色にメッキされた龍の海老虹梁(えびこうりょう)が渡されています。私の好みの話になりますが、こういう金ぴかはあまり趣味が良いとはいえないと思います...

ほか、多数の彫刻が各所に配置されていますが、ひとつひとつ解説するときりがないので割愛。

 

以下は拝殿・幣殿・本殿と、その建築様式の解説になります。

 

妙義神社 拝殿・幣殿・本殿(権現造)

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社殿を左側面から見た図。写真右側が前述の拝殿。

左側の本殿は銅瓦葺の入母屋(平入)で、正面3間・側面2間。本殿のほうが小さめになっています。

拝殿と本殿の間には、2つの入母屋を串刺しにする棟が通っています。これは幣殿で、石の間と呼ぶこともあります。

 

このように拝殿と本殿が幣殿(石の間)でつながれて一体化している建築様式のことを権現造(ごんげんづくり)といいます。そこまで珍しい様式ではなく、東日本では北関東に多い傾向があります。

権現造の例として著名なものを挙げると、日光や久能山の東照宮があります。権現というのは徳川家康のことを指し、権現造は家康の死後に成立したものなので、神社の様式としては新しい部類に入ります。

なお、妙義神社の祭神は、公式サイトによるとヤマトタケル、トヨウケ、菅原道真などが祀られているようです。権現造だからといって徳川家康を祀っているとは限らないのです。

 

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(※画像は妙義神社公式サイトより引用)

妙義神社社殿を上空から見た図。“士”の字を上下逆にしたような形になっています。

権現造の社殿は複雑な棟を持つので「八棟造」(やつむねづくり)という別名もありますが、実際に棟を数えてみると7つしかありません(内訳は拝殿4・石の間1・本殿2)。なお、他の権現造も同様で、単に造りが複雑であるという意味で“八棟”と言っているのでしょう。

 

建築様式の解説は以上。

権現造としてそれなりに古いものであり、日光東照宮との関連性も見られるため、東日本の神社建築を語るならば是非とも見ておきたい物件。

また、境内の雰囲気やバックにそびえる荒々しい妙義山もみごと。群馬県を代表する超メジャーなスポットなので、通常に観光するだけでも充分に楽しめ、この点でもおすすめできます。

 

以上、妙義神社と波己曽社でした。

(訪問日2019/03/01)

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