世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【立科町】蓼科神社里宮と光徳寺

今回は長野県立科町の蓼科神社(たてしな-)光徳寺(こうとくじ)ついて。

 

蓼科神社里宮と光徳寺は蓼科町役場の南、県道40号の沿線に鎮座しています。

蓼科神社は式内社ではないようですが創建は平安以前にさかのぼる古社(式外社という)です。

隣接する光徳寺は蓼科神社ほどの歴史はないものの、立川流の宮大工による不開門(開かずの門)を見ることができます。

 

現地情報

所在地 〒384-2305長野県北佐久郡立科町大字芦田(地図)
アクセス 東部湯の丸ICまたは小諸ICから車で30分
駐車場 10台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

蓼科神社里宮 境内

参道と神代杉

蓼科神社の境内入口

蓼科神社の境内は東向き。

入口の社号標と鳥居には「蓼科神社」とあります。

 

立科町という町名はこの蓼科神社と同様に蓼科山が由来ですが、“”が難読であり、古文書には立科という表記もあることから、町名は“”の字を採用しているようです。

 

蓼科神社の神代杉

入口にあるこの木は御神木・神代杉(じんだいすぎ)。

案内板(立科町教育委員会・文化財保護委員会)によると樹齢1500年で、往時は樹高39メートルに及んだとのこと。

 

蓼科神社の参道

芝生と石段の参道を進むと、すぐに拝殿・本殿に到着します。

 

拝殿と本殿

蓼科神社の拝殿

拝殿は鉄板葺の入母屋(平入)で、向拝1間。

 

蓼科神社拝殿の向拝

正面の向拝の軒下には、立川流・大隅流と思しき彫刻が配置されています。

写真手前は唐獅子、右側は象。作者や流派は不明ですが造形は精緻で、かなりの良作だと思います。

 

蓼科神社本殿の覆い

拝殿の裏にある本殿には覆いがかかっていますが、隙間から内部をのぞき込むことができます。

本殿はこけら葺きの一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。

造営年代は不明ですが、彫刻の意匠から判断するに江戸中期以降のものと見てまちがいないでしょう。

 

なお、この本殿は里宮で、奥社は蓼科山(2,530m)の山頂にあるようです。祭神については不明。

ちなみに、茅野市(諏訪地域)のほうから見る蓼科山は整った円錐形をしていて、諏訪富士と呼ばれるくらい端正な山容をしています。

 

蓼科神社の本殿

本殿の左側面。

写真右半分の向拝は、板と格子戸でふさがれています。

 

写真上部の妻壁には、波とも雲ともつかない渦巻き状の意匠で覆われていて、華やか。

虹梁(こうりょう)を持ち出す組物は連三斗(つれみつど)。組物の下には唐獅子の木鼻もあります。

 

蓼科神社本殿の背面

背面。一間社なので背面の柱間も1つ。

母屋の床下は、「床上は円柱だが床下は角柱」という定番の手抜き工作が見られます。

 

以上、蓼科神社でした。

 

光徳寺 境内

〒384-2305長野県北佐久郡立科町大字芦田431(地図)

不開門

光徳寺の不開門

つづいて、蓼科神社と隣接する光徳寺

こちらは光徳寺の敷地の入口近くに建っている不開門(あかずのもん)。

不開門は本瓦葺の切妻(平入)で、正面と背面に軒唐破風(のき からはふ)付き。扉の左右の柱は円柱、その前後の柱は角柱であり、四脚門(よつあしもん)というタイプの門になります。

 

案内板(立科町教育委員会・文化財保護委員会)によると立川流の作ですが建立年不明。また、新任の住職が寺に入るときと皇室の者が来たとき以外は開門しないとのこと。

 

ここは中山道がすぐ近くを通っているので、皇室というとやはり幕末の皇女・和宮が思い浮かびます。中山道の沿線は和宮の降嫁(徳川家茂への輿入れ)にまつわる言い伝えが数多く残っており、この光徳寺にも何かあるのではと思って帰宅後に調べてみましたが、とくに何も見つかりませんでした...

 

光徳寺の不開門の側面

左側面の妻壁。右のほうが正面側になります。

妻壁には組物で持出しされた虹梁。短い大瓶束(たいへいづか)が虹梁の上で棟を受けています。

 

光徳寺の不開門の背面

背面。こちら側にも唐破風がついていて、彫刻があります。

屋根は重厚な本瓦。立川流というと神社建築(諏訪大社の下社秋宮上社本宮)が著名であり、神社で本瓦が採用されることはほとんどないので、「立川流で本瓦葺」というのはちょっと新鮮な組み合わせに感じます

 

いちおう補足しておくと、本瓦とは、板状のパーツと円柱状のパーツが別々になっている屋根瓦のことを言います。

それに対し、現代の住宅などに使われる屋根瓦は桟瓦(さんがわら)という軽量化・簡略化されたものです。神社に本瓦はまずありえないですが、メンテナンスと費用の都合から、小さな神社だと桟瓦を使った例がしばしばあります。

 

仏舎利殿

光徳寺の仏舎利殿

本堂の裏手にまわると、このような多宝塔(?)が鎮座しています。

案内板(光徳寺による設置?)によると仏舎利殿(ぶっしゃりでん)と言うようです。

仏舎利とはブッダ(釈迦)の遺骨のことを指しますが、基本的に骨の代用として小石が使われます

 

光徳寺の仏舎利殿の側面

仏舎利塔は銅板葺。1層目は正方形、2層目は屋根も母屋も八角形。

 

ふつうの多宝塔は2層目の母屋を円形にするので、八角形は珍しいです。

組物の配置を観察すると、詰組(つめぐみ:梁の中間に置く組物のこと)があり、安楽寺(上田市)にある国宝の八角三重塔を意識したデザインに見えなくもないです。

造営年代は不明ですが、かなり新しいもののように見えます。

 

境内については以上。

蓼科神社・光徳寺ともに小粒な内容ではありますが、2件をあわせるとそこそこのボリュームになり、建築好きなら質・量ともに満足できる内容かと思います。

 

以上、光徳寺でした。

(訪問日2019/12/28)

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