甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【東近江市】竹田神社

今回は滋賀県東近江市の竹田神社(たけだ-)について。

 

竹田神社は市の南端の近江鉄道沿線に鎮座しています。

創建は不明。社伝によると第10代・崇神天皇の時代の創建で、『延喜式』の「菅田神社」に比定されています。1017年(寛仁元年)に現在地へ移転し、地名から竹田神社と改称したようです。室町時代には、足利尊氏によって石灯篭が寄進されたとのこと。室町後期から安土桃山時代にかけては蒲生氏の崇敬を受け、蒲生賢秀によって社殿が再建されています。江戸中期には、京都の工匠を招いて現在の本殿を再建しています。

再建された本殿は前室付きで規模の大きい入母屋。境内にある能舞台は明治時代に再興されたもので、市指定有形文化財となっています。

 

現地情報

所在地 〒529-1522滋賀県東近江市鋳物師町1020(地図)
アクセス 朝日野駅から徒歩5分
蒲生スマートICから車で10分
駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

参道

竹田神社の境内は南向き。入口は境内の西側にあり、農道に鳥居が立っています。

一の鳥居は石造の明神鳥居。北向き。扁額は「竹田神社」。

 

鳥居をくぐって進むと参道が左手に折れ、二の鳥居が現れます。

二の鳥居も石造の明神鳥居。こちらは西向き。扁額は「竹田神社」。

 

二の鳥居から進むとふたたび参道が左手に折れ、境内は南向きになります。

 

参道左手には手水舎。

切妻、桟瓦葺。

 

柱は角柱。

頭貫木鼻や蟇股、蕪懸魚などの意匠が使われています。

 

拝殿

拝殿は、入母屋(妻入)、桟瓦葺。

いずれの面も柱間に建具がなく吹き放ち。滋賀県内でよく見られる、神楽殿風の拝殿です。

 

扁額は「竹田神社」。

柱は角柱、柱上は舟肘木。

軒裏は一重まばら垂木。

破風板の拝みは鰭付きの蕪懸魚。入母屋破風には木連格子が張られています。

 

内部は格天井。

奥に見えるのは中門。

 

拝殿の右手(東)には社務所。

玄関の部分の庇には、懸魚や妻飾りなどに彫刻が入っています。

 

拝殿の左手(西)には能舞台。

切妻、桟瓦葺。

1894年(明治二十七年)造営。市指定有形文化財。

当地出身の近江商人らの支援で再興されたもの。

 

柱間は雨戸で閉め切られ、内部の様子は観察できず。

柱は角柱、柱上は舟肘木、中備えは蟇股。

妻飾りは笈形付き大瓶束が使われています。

破風板の拝みは鰭付きの蕪懸魚。

 

中門

拝殿と本殿のあいだには、中門が建っています。

一間一戸、四脚門、向唐破風、銅板葺。

造営年不明。後述の本殿と同年代(江戸中期)のものと思われます。

 

唐破風の兎毛通には鳳凰の彫刻。

 

中備えには竜の彫刻。

妻虹梁の上では大瓶束が棟木を受けています。

 

手前の控柱は面取り角柱。柱上は出三斗。

側面と前面の木鼻は、内側がくり抜かれた造形。

 

中門の内部向かって右。

側面は2間で、中央の主柱は円柱が使われています。

 

主柱のあいだに渡された梁の中備えにも彫刻があります。題材は、牡丹に戯れる唐獅子。

 

中門を左側から見た図。

写真中央右の低い屋根が中門。中央左の少し高い屋根は、中門と本殿をつなぐ庇。

 

本殿

中門の後方には、塀に囲われた本殿が鎮座しています。

桁行3間・梁間3間、三間社入母屋、向拝3間、銅板葺。

1731年(享保十六年)再建*1。京都四条の谷口五兵衛重治という工匠が棟梁をつとめたとのこと。

祭神はアマツヒコネ、イシコリドメ、大国主、天目一箇神、五十猛命。

 

向拝は3間。

 

向拝柱は几帳面取り角柱。側面には獏の木鼻。

隅の向拝柱の上の組物は、皿付きの出三斗。獏の頭の巻斗で持ち送りされています。

 

虹梁中備えは蟇股。竜が彫刻されています。

 

向拝の軒下には角材の階段が5段。昇高欄は擬宝珠付き。

階段の下には浜床が張られています。

 

母屋の前面は3間。柱は円柱。

柱間の建具は菱組の格子が張られています。中央の戸は、上半分にさらに細かい菱組が張られています。

扁額は「式内 菅田皇太神」。

 

隅の向拝柱と母屋柱のあいだには、海老虹梁が渡されています。内の向拝柱は手挟だけとなっています。

海老虹梁の向拝側は、組物の上から出ていて、手挟とほぼ一体化されています。

 

海老虹梁の母屋側は、台輪木鼻の位置に取り付き、象頭の木鼻で持ち送りされています。

母屋柱は上端が絞られ、粽になっています。頭貫と台輪には禅宗様木鼻。

組物は出組で、桁下には軒支輪。中備えは蟇股。

 

左側面(西面)。

柱間は、前方(写真右)から火灯窓、板戸、横板壁。

粽柱、禅宗様木鼻や火灯窓など、この本殿は寺院風の意匠が散見されます。

前方の1間通りは前室(外陣)のようで、柱の上部の長押が1段低い位置に打たれています。

 

縁側は3面にまわされています。

縁の下の腰組には、花肘木のような部材が使われています。腰組を受ける縁束は円柱。

 

背面も3間。柱間は横板壁。

木鼻や蟇股などの意匠は側面とほぼ同じ。

軒裏は二軒繁垂木。

 

破風板の拝みと桁隠しには猪目懸魚。

奥まった位置にある妻飾りには豕扠首が見えます。

 

境内社

境内の各所には、境内社が点在しています。

こちらは本殿の右隣(東)にある呉姫神社。

一間社流造、屋根葺きは不明。向拝の木鼻や中備えに彫刻が見えます。

 

こちらは社務所の北にある栩原神社。

中門にあった案内板によると、俗称は「山王さん」。日吉大社の分社かと思いきや、祭神は猿田彦や当地の産土神とのこと。

社殿は真新しい一間社流造。

 

二の鳥居の近くには伊沙雄志神社。

明治以降、当村の集落から出征した戦死者を祀ったもの。

戦死者を祀った社殿は神明造が多い傾向にありますが、この社殿は一間社流造。

 

以上、竹田神社でした。

(訪問日2022/10/15)

*1:棟札より