今回は大阪府藤井寺市の道明寺(どうみょうじ)について。
道明寺は道明寺天満宮の西に隣接して鎮座する真言宗御室派の寺院です。山号は蓮土山。
創建は飛鳥時代で、野見宿禰の子孫である土師氏が土師神社(現在の道明寺天満宮)とともに土師寺を創設したのが始まり。土師氏は菅原道真の祖先で、道真の叔母が当寺に居たようです。947年には、道真の号にちなんで道明寺と改称します。
鎌倉時代と室町時代には、幕府の祈祷寺となっています。1575年には石山合戦の兵火で境内伽藍を消失しました。当初の境内は道明寺天満宮の南にありましたが、1716年の水害を受けて天満宮の境内に移転し、明治期の神仏分離により天満宮と分離され現在地へ移転しました。
現在の境内は道明寺天満宮と道路を隔ててすぐ西にあり、伽藍はいずれも明治以降のものです。本尊の木造十一面観音立像は菅原道真が手ずから彫ったものと伝えられ、国宝に指定されています。また、和菓子の道明寺桜餅(関西風桜餅)の名前は当寺に由来しているようです。
現地情報
所在地 | 〒583-0012大阪府藤井寺市道明寺1-14-31(地図) |
アクセス | 道明寺駅または土師ノ里駅から徒歩10分 羽曳野ICまたは羽曳野東ICから車で5分 |
駐車場 | 5台(無料) |
営業時間 | 09:00-16:00 |
入場料 | 無料 |
寺務所 | あり |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
楼門
道明寺の境内は南向き。住宅地の一角に、道明寺天満宮と隣接して鎮座しています。
境内入口には築地塀とつながった楼門。
楼門は一間一戸、楼門、入母屋、本瓦葺。
下層は角柱で構成されています。
中央の通路部分の柱間には虹梁がわたされ、虹梁と頭貫の上には台輪が通っています。頭貫木鼻は拳鼻と象鼻の中間的な意匠。
台輪の上では二手先で木鼻のついた組物が、上層の縁側を受けています。
上層。
大きな扁額が掲げられています。退色してほとんど見えないですが、縦書き(右から左)で寺号「道明寺」。
欄干の影になってしまいましたが、上層の柱は円柱。
頭貫と台輪には禅宗様木鼻。
柱上の組物は二手先で、桁下には軒支輪。
軒裏は二軒繁垂木。
背面。
下層の門扉は桟唐戸。
上層は桁行3間あり、中央には撞木が吊るされています。左右の柱間は連子窓。
楼門の裏、参道左手には手水舎。切妻、本瓦葺。
奥に見える石造多宝塔は、第一次世界大戦の慰霊塔。
護摩堂と大師堂
参道の右手には護摩堂。
宝形、向拝1間、本瓦葺。
向拝柱は小さく角面取りされています。柱上は大斗のみ。
母屋正面は桟唐戸と連子窓。扉と窓の向こうはガラス戸になっています。
楼門の先の突き当りには大師堂。
宝形、向拝1間、本瓦葺。
こちらも護摩堂と同様に簡略な意匠になっています。
向拝柱は大きく角面取りされたもの。柱上は大斗。
向拝柱と母屋は、まっすぐな梁でつながれています。
母屋柱は角柱で、柱上は舟肘木。正面は桟唐戸と連子窓。
本堂
境内の中心部には、本堂が東向きに鎮座しています。
桁行3間・梁間4間、入母屋、向拝1間、本瓦葺。
1919年(大正八年)再建。
本尊の木像十一面観音立像は国宝。寺伝では菅原道真の作と言われます。
向拝柱は大面取りの角柱。古式を意識したのか、面取りの幅が非常に広いです。
側面には大仏様(天竺様)の木鼻。
柱上の組物は出三斗。
向拝にわたされた虹梁は、唐草などの絵様のない無地のもの。眉欠などは造形されています。
中備えは板蟇股。古風な板蟇股ですが、流麗な曲線で繰り取られています。
母屋の正面中央。扁額は「観世音」。
格子戸の隙間から内部をのぞき込めますが、薄暗くて詳細は確認できず。
母屋柱は円柱。柱間は桟唐戸。
向拝も母屋も近現代のものにしては木割が太く、豪快で力強い造りだと思います。
軸部は長押と頭貫で固定され、頭貫には大仏様木鼻。
柱上は出三斗。
中備えは透かし蟇股(左)と、間斗束(右)が使われています。
母屋の蟇股。
抽象的・記号的で古風な意匠になっています。鎌倉~室町あたりの作風を意識したように見えます。
右側面(北面)。側面は4間。
前方から数えて2つ目の柱間は桟唐戸。おそらく前方の2間が外陣なのでしょう。
側面の中備えは二つ斗。
背面。
中央の柱間にだけ桟唐戸が設けられています。
縁側は切目縁が4面にまわされ、欄干は擬宝珠付き。
写真右、縁側の外側には閼伽棚がついています。
破風板の拝みと桁隠しは猪目懸魚。
妻飾りには虹梁大瓶束が使われています。
以上、道明寺でした。
(訪問日2021/11/21)