今回は滋賀県彦根市の明性寺(みょうしょうじ)について。
明性寺は彦根城南側の住宅地に鎮座する浄土真宗本願寺派の寺院です。山号は金光山。
創建は不明。寺伝によると、1487年(長享元年)に法善という僧侶によって摂津国西成郡島里*1に開かれた明性坊という寺院が、当寺の前身らしいです。明性坊は1583年(天正十一年)に近江国蒲生郡日野谷益田郷*2に移転し、1606年(慶長十一年)に井伊直孝によって現在地へ移されています。以降、彦根藩主の位牌が当寺に置かれ、井伊家の庇護を受けて隆盛しました。
現在の境内伽藍は江戸後期のもので、二重の鐘楼門や、西本願寺(京都市)に似た形式の本堂など、大規模な堂宇が並びます。
現地情報
| 所在地 | 〒522-0064滋賀県彦根市本町3-3-56(地図) |
| アクセス | 彦根駅から徒歩25分 彦根ICから車で10分 |
| 駐車場 | 10台(無料) |
| 営業時間 | 随時 |
| 入場料 | 無料 |
| 寺務所 | あり(要予約) |
| 公式サイト | なし |
| 所要時間 | 15分程度 |
境内
鐘楼門(山門)

明性寺の境内は北東向き。入口は住宅地の生活道路に面しています。
右の寺号標は「浄土真宗本願寺派 金光山明性精舎」。
鐘楼門は、三間三戸、楼門、二重、入母屋造、本瓦葺。
1846年(弘化三年)造営*3。

正面は3間。
四半敷きの石畳が敷かれ、礎盤の上に柱が立てられています。
下層の軒裏は平行の二軒繁垂木。

正面中央の柱間。
柱は上端が絞られた円柱(粽柱)。
柱間には飛貫虹梁がわたされ、中備えは唐獅子の彫刻。
柱上の組物は出組で、柱間にも詰組が並んでいます。

向かって右。
こちらも飛貫虹梁があり、牡丹に唐獅子の彫刻が配されています。

右手前の隅の柱。
飛貫の位置には唐獅子と獏の木鼻がついています。頭貫と台輪には禅宗様木鼻。

右側面。
側面は2間。こちらにも飛貫虹梁がありますが、中備えは省略されています。台輪の上の中備えも省略されています。

内部。
正面3間のうち、3間すべてに桟唐戸が設けられています。柱間は中央の1間のみ少し広く取られています。
訪問時は中央の1間だけ解放されていました。

桟唐戸の上の横木(飛貫)には彫刻があります。彫刻は錫杖彫りの内側に菊唐草を配したものです。その欄間には竜の彫刻。

向かって左の柱間。
中央の柱間(写真右)よりも一段低い位置に飛貫が通っています。こちらも錫杖彫りと菊唐草の彫刻があります。
飛貫の位置が低いため、その上の欄間が広くなっており、大きな欄間彫刻が配されています。彫刻の題材は波に獏。

上層。
正面3間で、下層と同様に中央が広く取られています。柱間は3間とも桟唐戸。


上層も粽柱が使われています。頭貫と台輪には禅宗様木鼻。
柱上の組物は二手先。中備えは詰組。軒裏は放射状の扇垂木で、禅宗様の意匠です。
縁側の欄干については禅宗様の逆蓮ではなく、通常の擬宝珠付きのものが使われています。

入母屋破風。
破風板の拝みには、鰭付きの蕪懸魚が下がっています。鰭は若葉の意匠。
懸魚の影になって見づらいですが、妻飾りは虹梁大瓶束です。

背面全体図。
左側面(写真右)には上層へ昇る階段が設けられています。
手水舎と鼓楼

鐘楼門をくぐると、左手に手水舎があります。
入母屋造、桟瓦葺。

入母屋破風には木連格子が張られ、破風板の拝みには鰭付きの蕪懸魚が下がっています。

柱は几帳面取り角柱。内に転びがついています。頭貫の位置には唐獅子の彫刻がつき、柱上は出三斗。
虹梁の上の中備えは、平三斗と竜の彫刻。

妻面は中備えに蟇股が使われています。蟇股は実肘木と一体化した造形。

境内の西側には鼓楼があります。こちらは境内西側の道路から見た図。
長屋門形式の門の上に、入母屋造、桟瓦葺の楼が乗った構造。

柱は角柱。柱上は出三斗が使われ、頭貫に唐獅子らしき木鼻が見えます。
柱間には長押が打たれ、火灯窓が設けられています。台輪の上の中備えは平三斗。
軒裏は一重の繁垂木。入母屋破風には蕪懸魚。

背面。こちらは手水舎付近から見た図。
楼の部分の縁の下は、袴腰になっています。
本堂

境内の中心部には、本堂が南西向きに鎮座しています。
入母屋造、向拝3間、本瓦葺。
1797年(寛政九年)造営*4。

正面の向拝は3間。

中央の柱間。
向拝柱は上端が絞られた几帳面取り角柱。柱上は出三斗。
柱間には虹梁がわたされ、中備えは竜の彫刻。

向かって右。中備えは麒麟の彫刻。
隅の向拝柱は、側面に獏の木鼻がつき、組物は連三斗。

向拝の組物の上には手挟。牡丹と思しき花が籠彫りされています。
縋破風の桁隠しには、波に亀の彫刻。

縁側は切目縁が3面にまわされています。欄干は擬宝珠付き。
縁束は下端が絞られた円柱。礎盤の上に据えられています。

母屋部分は、前方の外周1間通りが吹き放ちの庇となっています。
西本願寺や東本願寺、勝興寺(富山県高岡市)といった真宗寺院の本堂(阿弥陀堂または御影堂)とよく似た構造です。


庇の柱は几帳面取り角柱が使われ、柱上の組物は出組。
柱間には虹梁と台輪が通り、中備えは組物と蟇股が配されています。

庇の部分は床が一段高く、母屋(写真右)の床とほぼ同じ高さになっています。
内側の母屋部分は正面7間あり、柱間は桟唐戸。

母屋の柱は円柱。柱上は出組。
母屋柱と庇の柱とのあいだには、虹梁がわたされています。

母屋の側面には障子戸が入っています。
庇は側面の途中で壁や建具が使われるようになり、桟唐戸が設けられています。

母屋側面の軒下。
正面と同様に、台輪の上の中備えは蟇股。

破風板の拝みには鰭付きの蕪懸魚。
妻面や破風板、母屋後方の軒裏はしっくいで塗り込められています。

本堂右側には、方丈の玄関と思われる棟があります。
玄関部分は、向唐破風、檜皮葺。

兎毛通は鳳凰の彫刻。
桁隠しは雲の意匠。

虹梁中備えの彫刻は、松に鶴。
その上には虹梁大瓶束があり、波の意匠の笈形がついています。

玄関の柱は几帳面取り角柱。頭貫の位置には唐獅子の木鼻があり、柱上は皿付きの出三斗。

側面の柱間には腰壁が張られ、火灯状曲線の窓が設けられています。
頭貫の上には蟇股。
玄関内部は小組格天井です。
以上、明性寺でした。
(訪問日2025/03/23)