今回は長野県松本市の宝輪寺(ほうりんじ)について。
宝輪寺は農地に囲まれた集落に鎮座する高野山真言宗の寺院です。山号は平城山。
創建は不明。寺伝によると、空海が当地を訪れた際に開かれたとのこと。その後は荒廃したらしく、平安後期に今井兼平(今井四郎)が中興したと伝わります。慶長年間(1596-1615)に再興され、江戸後期は僧侶の学問所として隆盛しました。
現在の境内は近現代のもののようで、楼門や本堂など多数の伽藍があります。近隣の今井神社(兼平神社)とともに今井兼平ゆかりの旧跡であり、ボタンの寺としても知られます。
現地情報
所在地 | 〒390-1131長野県松本市今井1333(地図) |
アクセス | 広丘駅から徒歩1時間 塩尻北ICから車で15分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
寺務所 | あり(要予約) |
公式サイト | 宝輪寺ホームページ |
所要時間 | 15分程度 |
境内
総門(仁王門)
宝輪寺の境内は西向き。めずらしい方角を向いています。
入口は集落の生活道路に面し、道路から少し奥まった場所に総門があります。
総門は牌楼門、切妻、桟瓦葺。
左右には仁王像が安置されています。
中央の通路部分の屋根の軒下。
梁の上から腕木を持ち出し、組物を介して軒桁を受けています。薬医門に近い造り。
腕木の先端には繰型。腕木と腕木のあいだには桁がわたされています。
通路中央部分の腕木の上には蟇股。波状の意匠の彫刻が入っています。
向かって左側の内部の妻面。
中備えは蟇股。
妻虹梁の上には角柱の束。
内部に天井はなく、化粧屋根裏。軒裏は二軒繁垂木。
鐘楼門
総門の先には鐘楼門。参道の左右にはお砂踏みがあります。
鐘楼門は、三間一戸、楼門、入母屋、銅板葺。
下層。
左右の柱間には貫が通され、通行できるのは中央のみ。3間のうち1間が通路のため、三間一戸。
下層の柱は面取り角柱。頭貫には拳鼻。
柱上の組物は出三斗。通し肘木が使われ、組物が肘木を共有しています。
上層。内部には梵鐘が吊るされています。
軒裏は二軒まばら垂木。
柱は円柱。軸部の固定には、長押が多用されています。頭貫木鼻はありません。
組物は木鼻のついた出組。桁下には軒支輪。
中央の柱間のみ、中備えに蟇股があります。
本堂
鐘楼門の先には本堂。
入母屋、向拝1間 向唐破風、銅板葺。
本尊は不動明王。
向拝柱は面取り角柱。前面と側面には象鼻。大仏様木鼻とも禅宗様木鼻ともつかない意匠。
柱上の組物は出組。実肘木を介さずに、妻虹梁を受けています。
向拝柱のあいだには無地の虹梁がわたされ、中備えは透かし蟇股。古風な意匠の蟇股です。
唐破風の妻飾りは大瓶束、兎毛通は猪目懸魚。
向拝部分の造りは、近くにある今井神社の拝殿と酷似しています。
向拝と母屋のあいだにはまっすぐな梁がわたされ、中備えは間斗束。
向拝の軒下に天井はありません。軒裏はまばらな茨垂木。
母屋部分に掲げられた扁額は、山号「平城山」。
正面の軒下。
母屋柱は円柱。柱間は舞良戸や火灯窓。
母屋の軒裏は二軒繁垂木でした。
妻飾りは、笈形付き大瓶束が2つ並べられ、その上に梁と束が置かれています。
破風板の拝みには、若葉状の鰭が付いた蕪懸魚。
その他の伽藍
本堂のほかにも、境内の各所にいくつかの伽藍が点在しています。
こちらは参道左手(境内北側)に南面する歓喜院。
入母屋(妻入)、向拝1間、銅板葺。
向拝柱は几帳面取り。正面と側面は象鼻。柱上は出三斗。
扁額は「歓喜院」。兀の字を2つ重ねたような、あまり見かけない字体です。
本堂のはす向かいには、開山堂(あるいは大師堂?)が東面しています。
入母屋、向拝1間、桟瓦葺。
向拝は1間。虹梁中備えは透かし蟇股。
向拝柱は角面取り。正面には唐獅子、側面には象の頭の木鼻。
柱上の組物は連三斗。象の頭の上の巻斗で持ち送りされています。
海老虹梁はわずかにカーブした形状。向拝柱の虹梁や木鼻の高さから出て、母屋の頭貫の少し下に取り付いています。
向拝柱の上の手挟は、雲と波の意匠。
母屋柱は円柱。軸部は長押と頭貫で固定され、柱上に台輪が通っています。
台輪の上の中備えは蟇股。
柱は上端が絞られた粽。
頭貫と台輪には禅宗様木鼻。
組物は出組。持ち出された桁の下には支輪板があり、雲の彫刻が入っています。
側面。軒下の意匠は正面とほぼ同じ。
柱間は、正面側面ともに舞良戸。
妻飾りや懸魚はありません。
開山堂のとなりには奉安殿。当地(旧今井村)から出征した戦没者を祀った境内社です。
石造の一間社流造。
以上、宝輪寺でした。
(訪問日2022/12/07)