甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【米原市】湯谷神社

今回は滋賀県米原市の湯谷神社(ゆたに-)について。

 

湯谷神社は米原駅東側の山際に鎮座しています。

創建は不明。後白河上皇の時代(平安末期)には確立されていたようで、明治時代まで山王権現、六所権現と呼ばれていました。室町時代には当地の領主である今井氏や米原氏の庇護を受けたようです。1732年(享保十七年)には彦根藩8代藩主・井伊直惟の寄進で社殿が再建されています。

現在の境内は江戸中期以降に整備されたもので、多数の境内社が点在しています。また、境内の一画には1878年の明治天皇巡幸の際に使われた行在所があります。

 

現地情報

所在地 〒521-0012滋賀県米原市米原771(地図)
アクセス 米原駅から徒歩10分
米原ICから車で10分
駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

参道

湯谷神社の境内は西向き。山を背にして鎮座しています。

入口は住宅地の一画にあります。

社号標は「湯谷神社」。

 

境内に入ると石造の明神鳥居があります。

扁額は「湯谷神社」。

 

拝殿の手前には二の鳥居。

石造の明神鳥居で、扁額は「湯谷神社」。

 

手水舎。入母屋、銅板葺。

 

柱は几帳面取り。柱上に大斗が置かれ、軒桁を受けています。

頭貫には木鼻。

 

貫の上の中備えは蟇股。πの字のような形状。

 

拝殿

拝殿は、入母屋、桟瓦葺。

 

柱は角柱。

中央の間口には虹梁がわたされ、虹梁の両端には木鼻がついています。

虹梁にかかった扁額は「湯谷神社」。

 

頭貫には拳鼻。

柱上の組物は出三斗と平三斗。

 

右側面(南面)。

中央の柱間は、正面と同様に虹梁と木鼻が使われています。

 

入母屋破風。懸魚はありません。

奥まって見えにくいですが、妻飾りは大瓶束と豕扠首を組み合わせたような意匠が使われています。

 

本殿

境内の最奥部には、透かし塀に囲われた本殿が鎮座しています。

桁行3間・梁間2間、三間社流造、向拝1間 軒唐破風付、銅板葺。

造営年不明。私の予想になりますが、江戸中期の1732年のものと思われます。

祭神は大国主。ほか、水門神なる神と、保食神(ウカノミタマ?)も祀られています。

 

向拝柱は角柱。エッジは角面取りされていました。

柱の側面には獏の木鼻。

向拝柱と虹梁の上には、出三斗を左右に並べた組物が使われています。

桁隠しには雲状の懸魚。

 

向拝を左側面(北面)から見た図。

向拝柱の上には手挟。菊の花が彫られています。

母屋と向拝をつなぐ梁はありません。

 

母屋の正面は3間。3組の桟唐戸が立てつけられています。

 

母屋の側面は2間。

前方は板戸、後方は横板壁。

縁側の脇障子には彫刻があります。

妻飾りは大瓶束。

 

母屋柱は円柱。頭貫には拳鼻。

組物は出組。中備えは蟇股で、はらわたの彫刻は植物を題材にしています。

桁下には軒支輪。

 

破風板の拝みには鰭付きの蕪懸魚。桁隠しは雲の意匠。

大棟鬼板には左三つ巴の紋。

 

境内社

本殿向かって左には山王権現社。

一間社流造、銅板葺。

 

向拝。

中備えや向拝柱に彫刻があります。

 

脇障子、中備え、妻飾り、懸魚にも彫刻があり、小規模ながら凝った造り。

 

山王権現社のとなりには前光稲荷社。

一間社流造、銅板葺。

 

前光稲荷社のとなりには春川稲荷神社。

 

春川稲荷神社本殿は、一間社流造、銅板葺。

虹梁中備えの蟇股には、狐の彫刻が入っています。

 

脇障子の彫刻も、松に狐。

 

拝みの蕪懸魚は赤と緑に塗り分けられています。蕪懸魚の鰭や、雲状の桁隠しは白く彩色されています。

 

春川稲荷神社のとなり、境内南端には火神宮。

 

つづいて湯谷神社本殿の左側。こちらは六所神社。

一間社流造、銅板葺。

 

こちらも中備えや向拝柱、脇障子などに彫刻が配されています。

 

六所神社から少し離れた場所には牛頭天王社。

本殿は内部に収められているようです。

 

境内北東にあるこの建物が行在所(明治天皇小休所)。

入母屋、桟瓦葺。

もとは米原宿本陣の北村家の敷地にあったようで、1931年(昭和六年)の近江鉄道開通にともない現在地へ移築されたとのこと*1

 

以上、湯谷神社でした。

(訪問日2022/06/25)

*1:境内案内板(米原市教育委員会の設置)より。