今回は年の最後ということで、2020年の総集編となります。
ことし訪問した約300件の寺社建築のうち、感動した、あるいは秀逸だと思ったものをジャンル・年代・文化的価値を問わずノミネートしていきます。
なお、ノミネートの基準については私の感性による独断であり、中部地方(とくに甲信)の寺社に偏っている点をご了承ください。
山梨県
【中央市】八幡穂見神社
桁行2間・梁間1間、二間社流造、向拝2間、檜皮葺。
1671年再建。山梨県指定文化財。
希少な二間社の中でもさらにめずらしい向拝2間という様式。屋根葺きに檜皮が使われている点もすばらしいです。
造営年代のわりには古風な造りをしているほか、詰組が使われるなど山梨県らしい作風も散見されます。
【身延町】久遠寺
特定の伽藍ではなく、境内伽藍全体でのノミネート。
いずれの伽藍も近現代のものであり、とくに文化財指定はされていないようですが、日蓮宗の総本山という肩書きにふさわしい威容を誇る大伽藍となっています。
【南部町】最恩寺仏殿
桁行1間・梁間1間、一重、裳階付、入母屋(平入)、銅板葺。
1395年建立。国指定重要文化財。
室町時代の禅宗様建築。同様式の仏殿は全国各地にありますが、その中でも最小規模。規模こそ小さいものの、全体のバランスや各所の意匠の調和が取れており、見ていてとても癒される物件だと思います。
【山梨市】中牧神社本殿
桁行正面1間・背面2間・梁間1間、一間社流造、向拝1間、檜皮葺。
1478年建立。国指定重要文化財。
檜皮の屋根と素朴な意匠が美しい、室町期の清楚な流造。
ありきたりな様式ですが、母屋が低く横長なバランスで、安定感のあるシルエットになっています。同様式の中でも抜きん出て秀逸な物件ではないでしょうか。
【甲州市】金井加里神社本殿
桁行2間・梁間2間、入母屋(平入)、正面千鳥破風付、向拝1間、檜皮葺。
1668年再建。
二間社入母屋という、類例のほぼない様式で造られた珍物件。
しかしただ珍しいだけではなく、海老虹梁の納まりが工夫されている点などに設計者の技量の高さが伺えます。
【大月市】春日神社(七保町)本殿
桁行1間・梁間1間、一間社入母屋、向拝1間・軒唐破風付、銅板葺。
白木の彫刻でびっしりと埋め尽くされた豪華な入母屋本殿。この手の本殿は郡内地方にいくつもあるので、その中でもとくに情報密度の多いこの本殿をノミネートいたしました。
ど派手な向拝と、中国の説話を題材にした胴羽目が見どころ。
長野県
【千曲市】波閇科神社本殿
桁行3間・梁間2間、神明造、茅葺。
正統派の三間社神明造。江戸後期のもの。
母屋正面に扉が3組あるのと、縁側に欄干がないのが特徴。そのほかの意匠は古式の神明造を踏襲していて、非常に素朴で格調高い神社本殿です。
【上田市】法住寺虚空蔵堂
桁行3間・梁間4間、入母屋(平入)、向拝1間、こけら葺。
1486年再建。国指定重要文化財。
正面よりも奥行きのほうが間数が多く、縦長な平面。しかし屋根は平入で、棟が高く横幅が詰まったようなシルエット。それでいて不自然さを感じさせない曲面構成に仕上がっています。
【上田市】塩野神社(前山)勅使殿
一間一戸の楼門、切妻、銅板葺。
本殿の前に鎮座し、事実上の拝殿にあたる社殿。
諏訪大社下社のような楼門形式が採用されているだけでなく、各所に禅宗様の意匠が多く取り入れられています。
【上田市】前山寺三重塔
三間三重塔婆、こけら葺。
国指定重要文化財。
またの名を「未完成の完成塔」。
何らかの事情で工事が途中で止まってしまった未完成の物件。意図したものでないとはいえ、母屋から突き出て露出している腰貫が秀逸。
【大町市】盛蓮寺観音堂
桁行3間・梁間3間、寄棟(平入)、銅板葺。
1470年建立。国指定重要文化財。
縁束を上へ伸ばして軒先のつっかい棒を兼ねている点が特徴。
積雪対策という実用的な目的を、調和を崩すことなく取り込んでいます。雪深い大北地域ならではの意匠。
【諏訪市】諏訪護国神社拝殿・左右片拝殿
諏訪造、銅板葺。
諏訪地域に特有の諏訪造という様式の社殿配置。境内にはしっかりと御柱まで立てられています。これほど地域色が色濃く出た護国神社はほかにないでしょう。
その他の都道府県
【糸魚川市】白山神社(能生)
境内社殿全体でのノミネート。
ロケーション、社殿配置、そして茅葺の拝殿が印象的。いずれも抜きん出て秀逸というほどではないのですが、記憶に残る神社だと思います。
【中之条町】日向見薬師堂
桁行3間・梁間3間、寄棟(平入)、茅葺。
国指定重要文化財。
群馬県最古の仏堂。
禅宗様の意匠を一部取り入れた折衷様。茅葺は素朴な印象を受けることが多いですが、この堂の意匠や造形はどこか優美な趣を漂わせています。折衷様仏堂の傑作のひとつではないでしょうか。
【多治見市】永保寺観音堂
桁行3間・梁間3間、一重、裳階付、入母屋(平入)、檜皮葺。
1314年建立。国宝。
鋭く反り返った軒先が目を惹きます。
方三間、裳階付、入母屋は禅宗様建築の典型。しかし禅宗様のセオリーに真っ向から反する箇所も多く、同様式の中でもきっての意欲作あるいは野心作といえるでしょう。
【岡崎市】天恩寺仏殿
桁行3間・梁間3間、入母屋(平入)、檜皮葺。
国指定重要文化財。
方三間、入母屋の禅宗様建築。
似た堂が他にいくつかあり、それらと較べて頭抜けた傑作とまでは思えません。秀逸なのは境内のロケーションで、高く急な石垣のうえに鎮座する様は壮観。
以上、16件が2020年の寺社建築ベストセレクションになります。