今回も京都府京都市の賀茂別雷神社について。
当記事では、楼門などの中心的な社殿について述べます。
楼門
拝殿から橋を渡って進むと、楼門と回廊があり、その内側に本殿が鎮座しています。これらの主要な社殿は、いずれも南東向き。
楼門は、三間三戸、楼門、入母屋、檜皮葺。
1628年(寛永五年)造営。「賀茂別雷神社 34棟」として国指定重要文化財。左右の回廊(廻廊)も同年の造営で、国重文です。
下層。
正面3間、側面2間で、柱間に建具はありません。楼門で四面すべて吹き放ちはめずらしいと思います。
柱はいずれも円柱。組物は三手先。
柱の上部には頭貫が通り、隅の柱には拳鼻。
頭貫の上の中備えは間斗束。中央の柱間には、間斗束が2本立てられています。
上層。
こちらも柱間は吹き放ちです。
柱の上部には長押が打たれ、頭貫はありません。
組物は尾垂木三手先。中備えは間斗束。
上層側面。
正面と同様に、中備えは間斗束で、柱間に建具がありません。
縁側は切目縁で、跳高欄が立てられています。
軒裏は二軒繁垂木。
四脚中門など
楼門の先には四脚中門(しきゃくちゅうもん)があります。
一間一戸、四脚門、切妻、檜皮葺。
1628年造営。「賀茂別雷神社 34棟」として国重文。
四脚中門の先には透廊(すきろう)。唐破風の軒下の蟇股に、安土桃山風の彫刻が入っています。
梁間1間・桁行3間、切妻(妻入)、南面向唐破風、檜皮葺*1。
1628年造営。国重文。
透廊の奥には本殿と権殿が鎮座しており、その一部だけが見えます。
本殿と権殿やその周辺の社殿は、料金を払えば特別拝観できるようですが、拝観の受付時間よりもかなり早く来てしまったうえ、撮影禁止とのことなので割愛。
本殿および権殿は、2棟とも、三間社流造、檜皮葺*2。
1863年(文久三年)造営で、2棟あわせて「賀茂別雷神社」として国宝に指定されています。
四脚中門向かって右には幣殿。
桁行4間・梁間3間、入母屋、檜皮葺。
1628年造営。国重文。
新宮神社
楼門向かって右へ向かい、奥へ進むと摂社の新宮神社(にいみや-)があります。貴船神社の分社で、当社の第二摂社とのこと。
上の写真は新宮神社の入口の門で、進入できるのはここまで。
門の先には拝殿が見え、その奥にある本殿ものぞいて見えます。
拝殿は、梁間1間・桁行2間、切妻(妻入)、檜皮葺。
本殿は、一間社流造、檜皮葺。
拝殿本殿ともに1628年造営で、国重文*3。
片岡橋
楼門の手前には小川が流れ、屋根のついた橋(片岡橋)がかかっています。
木造廊橋、桁行1間・梁間1間、向唐破風、檜皮葺。
1926年(昭和元年)造営。国重文。
正面の妻飾りは、虹梁の上に板蟇股。
破風の兎毛通は、猪目懸魚が下がっています。
柱は糸面取り角柱。柱上は舟肘木。
側面(写真左)には長押が打たれ、その上の壁面の中備えには、束と舟肘木が入っています。
内部は棟木が通り、まばらな茨垂木の化粧屋根裏になっています。
片岡神社(片山御子神社)
楼門から片岡橋をわたると、すぐとなりに片岡神社があります。
片岡神社は当社の第一摂社で、『延喜式』には「片山御子神社」と記載されているとのこと。
上の写真は拝殿で、桁行1間・梁間1間、切妻(妻入)、檜皮葺。
後述の本殿とともに1628年造営。国重文*4。
拝殿の妻面。鈴を吊るすためなのか、柱筋よりも手前にも梁がわたされています。
柱は角柱、柱上は舟肘木。妻飾りは豕扠首。
破風板の拝みには梅鉢懸魚。
拝殿の後方には、片岡神社の本殿があります。
一間社流造、檜皮葺。
向拝柱は面取り角柱で、柱上は舟肘木。正面の虹梁はありません。
母屋の正面は板戸。
正面の軒下には、角材の階段が7段。
階段の下には浜床が張られています。
左側面を川の対岸から見た図。
母屋柱は円柱。軸間には長押が使われ、頭貫木鼻はありません。
柱上は舟肘木。妻飾りは豕扠首。
破風板の拝みと桁隠しには猪目懸魚。
須波神社
片岡神社の右側(南)には、摂社の須波神社(すわ-)。
一間社流造、檜皮葺。
1863年の造営と思われます。案内板には重要文化財と書かれていますが、正確には楼門向かって右(東)の回廊の附*5です。
向拝柱は面取り角柱。面取りの幅が狭いため、江戸後期のものではないかと思います。
柱上は舟肘木で、片岡神社本殿と同様に、正面の虹梁が省かれています。
母屋柱は円柱。こちらも柱上は舟肘木。
縁側は4面にまわされ、欄干は跳高欄。
妻壁はよく見えず。破風板には猪目懸魚が3つ。
楼門などについては以上。