今回は長野県上田市の前山寺(ぜんさんじ)について。
前山寺は塩田平南部にある前山(まえやま)地区の山際に鎮座する真言宗の寺院です。山号は独鈷山(獨股山)。
創建は平安時代で、空海が修行の地として開いたのが始まりといわれます。現在地に伽藍が造られたのは鎌倉末期とのこと。
境内には三重塔が立っています。未完成でありながら調和の取れた姿をしているため「未完成の完成塔」という異名があり、信州にいくつか現存する三重塔のなかでも個性ある物件となっています。
現地情報
所在地 | 〒386-1436長野県上田市前山300(地図) |
アクセス | 塩田町駅から徒歩35分 上田菅平ICから車で30分 |
駐車場 | 20台(無料) |
営業時間 | 09:00-16:00 |
入場料 | 200円 |
寺務所 | あり |
公式サイト | なし |
所要時間 | 20分程度 |
境内
参道
前山寺の境内入口は北向き。
生活道路に面した場所に、冠木門と寺号標「真言宗前山寺」が立っています。
石畳の敷かれた参道を100メートルほど登ると山門と拝観受付があります。
山門は茅葺の切妻。正面1間・側面1間。一間一戸の薬医門。
扁額は山号「獨股山」。
柱は角柱。内部は天井が張られており、垂木は見えません。木鼻などの装飾もなし。
山門をくぐると拝観受付があり、これより先は有料(200円)の区画となります。
本堂
参道をまっすぐ進むと五重塔があります。本堂は参道の左手の、五重塔とはす向かいの位置に南向きに建っています。参道は北向きなので、本堂は逆方向を向いています。
奇妙な配置に思えますが、境内が北向き斜面という立地条件であることを考慮すると、本堂を南向きにするにはこうするしかなかったのでしょう。
本堂は茅葺の寄棟(平入)。向唐破風(むこう からはふ)の向拝1間。
造営年代は江戸中期以降と思われます。本尊は大日如来。
構造的には同市別所温泉の常楽寺本堂とよく似ています。常楽寺よりもこちらの前山寺のほうがやや規模が小さいですが、こちらは向拝には彫刻が多数あって江戸中期らしい見栄えのする作風です。
向拝。垂れ幕の紋は桔梗。
虹梁(こうりょう)の両端には唐獅子と象の彫刻。虹梁の中備えは、派手な竜の彫刻が所狭しといわんばかりに収まっています。その上では雲状の笈形(おいがた)のついた大瓶束(たいへいづか)。
破風板の中央には兎毛通(うのけどおし)が下がっています。
唐破風の上の茅には字が書かれており、火除けのまじないの「水」だと思うのですが、「本」の字にも見えます。
棟は唐破風の部分まで箱棟になっており、小さな切妻の屋根が載っています。
三重塔
境内の最奥には三重塔が鎮座しています。
三重塔はこけら葺。三重。正面3間・側面3間の方三間。柱はいずれも円柱。総高19.5メートル。
造営年は不明ですが、案内板(前山寺の設置)によると室町初期のものとのこと。国指定重要文化財。
初重。写真右が正面(北面)です。
母屋柱は円柱で構成され、正面・側面ともに柱間は3つ。中央の柱間は桟唐戸(さんからど)、左右の柱間は壁板が縦方向に張られており、ここは禅宗様建築の意匠が取り入れられている部分です。
縁側は擬宝珠の欄干がついた切目縁(きれめえん)。たいていの三重塔は床下が見えるのですが、この三重塔は床下が板でふさがれていました。
母屋の内部の様子についてはは、“四天柱がなく折上小組格天井で中央に須弥壇を置く”ようです(前山寺設置の案内板より)。
初重の軒下。扁額は「釈迦如来」。
柱上の組物は、和様の尾垂木が出た三手先。組物と組物のあいだには巻斗(まきと)が並べられています。三手先に持出された桁の下には、軒支輪。
軒裏は二軒(ふたのき)の繁垂木。垂木は並行に伸びています。
頭貫の木鼻は、2つの長押(なげし)に上下をはさまれるような場所にあります。木鼻は象っぽいシルエット(象鼻)になっており、ハート形(猪目)に穴が開けられています。
そしてこちらが問題の二重。組物など軒下の造りは初重と同様です。
しかし壁板が横方向に張られ、連子窓などの意匠はなく、長押も頭貫の上にだけ打たれています。柱をよく観察すると上部に小さく切れ込みが入っており、おそらく長押を打つなどする予定だったのでしょう。
極めつけに母屋柱から腰貫が突き出ていて、本来の三重塔ならあるはずの縁側がないという状態です。
三重。こちらも二重と同様。
未完成の三重塔というと五智国分寺(新潟県上越市)にも類似のものがありますが、そちらは彫刻まで完成しているのに「縁側だけ」が欠けている状態です。
いっぽうこの前山寺の三重塔は縁側だけでなく母屋の壁面も未完成です。もともと派手な装飾のないシンプルな塔のだけに、未完成でも欠落感はほとんどなく、柱から突き出た腰貫は見かたによっては素朴な装飾のようにも見えます。
これこそ「未完成の完成塔」という二つ名で呼ばれるゆえんでしょう。
やや特殊な三重塔ではありますが、屋根の反りや軒下の美しさは他の塔にも引けを取りません。
縁側がないからか上にすらりと伸びたシルエットに見えますが、安定や調和の取れたバランスだと思います。
以上、前山寺でした。
(訪問日2020/08/01)