甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【城陽市】平井神社

今回は京都府城陽市の平井神社(ひらい-)について。

 

平井神社は久津川駅の西側の住宅地に鎮座しています。

創建は不明。もとは同市の平川廃寺跡の場所にあったようで、年代不明ですが火災で焼失したのち現在地へ移転したとのこと。当初は牛頭天王社と呼ばれ、明治時代に現在の社号に改称しました。

現在の境内社殿は江戸時代初期以降のもので、本殿は府登録文化財となっています。境内には神宮寺の蓮開寺があり、当地区によって維持されています。

 

現地情報

所在地 〒610-0101京都府城陽市平川東垣外79(地図)
アクセス 久津川駅から徒歩1分
城陽ICから車で5分
駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

鳥居

平井神社の境内は南向き。境内には公園や公民館があります。神社のすぐとなりには久津川駅があります。

入口の鳥居は石造の明神鳥居。1685年(貞享二年)造立。「平井神社」として本殿とあわせて府登録文化財となっています。

鳥居の扁額は「平井神社」。この扁額は明治以降のものでしょう。

 

参道の左手には、神宮寺の蓮開寺。切妻、向拝1間 切妻(妻入)、桟瓦葺。

創建年代は不明。真言宗の寺院だったようですが明治時代に無住となりました。以来、地区の住人や近在の寺院の手で維持され、「蓮開寺春まつり」は市指定無形民俗文化財となっているようです。

 

拝殿は切妻、桟瓦葺。中央が通路になっており、割拝殿の形式です。

壁面は下見板と、サッシの窓が使われています。

 

拝殿の手前、左手には手水舎。

切妻、銅板葺。

 

中門

拝殿の奥には、中門と透かし塀に囲われた本殿が鎮座しています。

中門は、妻入唐門、銅板葺。

 

虹梁中備えは板蟇股。「エ」の字型の風変わりなシルエットで、斗や肘木を介さずに上の梁を受けています。

梁の上の妻飾りは、小さい板蟇股。

破風板から下がる兎毛通は、猪目懸魚。

 

柱は角面取りされています。

前面と側面には象鼻。

柱上は大斗と実肘木を組んだものが使われています。

 

側面も1間。

こちらも虹梁の中備えは蟇股。ただし正面のものとは色やシルエットが若干ちがいます。

 

本殿

本殿は、一間社流造、銅板葺。

1645年(正保二年)造営。鳥居および若宮神社とともに府登録文化財。

 

祭神はスサノオ(牛頭天王と習合)、クシナダヒメ、ヤソタケル(八王子権現?)の3柱。

本殿の母屋には紫色の幕がかけられ、5弁の木瓜紋(織田木瓜)が描かれています。写真では見えないですが、大棟鬼板にも同様の紋がありました。

 

正面の虹梁は、非常に繊細かつ簡素な線で唐草が描かれています。

中備えは蟇股。はらわたの彫刻は唐獅子。

 

向拝柱は角柱。細めに角面取りされています。

柱上の組物は連三斗。極彩色に塗り分けられているだけでなく、肘木の側面には菊と思しき花が描かれています。

柱の側面には象頭の彫刻。頭の上に巻斗が乗り、組物を持ち送りしています。

 

母屋柱と向拝柱は、湾曲した海老虹梁でつながれています。母屋側は頭貫の高さから出て、向拝側は組物の上に降りています。

 

母屋の柱上は出三斗。こちらも極彩色で、肘木に菊が描かれています。

頭貫には緑色で唐草が描かれています。頭貫木鼻は青色で、先端がとがった形状。

 

中備えには蟇股が配されています。蟇股の彫刻は、葉の形状からして牡丹と思われます。

妻飾りは大瓶束。上部の左右についた木鼻は、植物の葉のような意匠。

 

破風板の拝みと桁隠しには、蕪懸魚が左右各4つ。

縁側は3面にまわされ、背面は脇障子でふさがれています。

 

背面。

母屋柱はいずれも円柱。

こちらの蟇股の彫刻は、桃の実。不老長寿の象徴です。

 

背面の床下。床下は白い横板でふさがれています。

母屋柱は床下も円柱に成形されています。

 

ほか、本殿向かって右側には境内社の若宮八幡社がありましたが、写真を摂り忘れてしまったため割愛。

 

以上、平井神社でした。

(訪問日2022/02/24)