甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【岡崎市】法蔵寺

今回は愛知県岡崎市の宝蔵寺(ほうぞうじ)について。

 

宝蔵寺は市の南部の宿場町に鎮座している浄土宗の寺院です。山号は二村山。

創建はきわめて古く、飛鳥時代の出生寺という寺院が前身のようです。何度かの改宗を経て南北朝時代に現在の宗派・寺号となり、室町後期には幼少の徳川家康が当寺で手習いを受けたとのこと。伽藍は江戸期以降のものと思われますが、境内には東照宮のほか、近藤勇の首塚もあります。

 

現地情報

所在地 〒444-3505愛知県岡崎市本宿町寺山1(地図)
アクセス 本宿駅から徒歩10分
音羽蒲郡ICから車で5分
駐車場 20台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
寺務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 20分程度

 

境内

山門

宝蔵寺山門

法蔵寺の境内は北東向き。

三門は桟瓦葺の切妻。一間一戸の薬医門。柱はいずれも角柱。

 

宝蔵寺山門

軒裏は二軒(ふたのき)の繁垂木。軒下には多数の彫刻があります。

中央の中備えは親子の唐獅子。写真左右の端には、梁の先端に唐獅子の木鼻と象鼻が彫られていて、木鼻の使いかたが独特です。

 

山門妻壁

後方から見た妻壁。

大瓶束(たいへいづか)と、その両脇に雲が彫られた笈形(おいがた)が見えます。

 

鐘楼門

宝蔵寺鐘楼門

山門の後方には、楼門が鐘つき堂を兼ねた鐘楼門が建っています。

鐘楼門は銅板葺の入母屋。一間一戸の楼門。柱は角柱。

 

宝蔵寺鐘楼門

上層部は柱上に組物があり、出三斗(でみつど)で軒裏を受けています。頭貫の木鼻は拳鼻。

柱間には火灯窓と蟇股(かえるまた)があります。

縁側の床下は、下層の頭貫の木鼻が持ち送りを兼ねて支えています。

 

本堂

宝蔵寺本堂

鐘楼門の先には本堂が鎮座しています。

本堂は桟瓦葺の入母屋(平入)、向拝3間。造営年は江戸後期と思われます。

本尊は阿弥陀如来。

 

本堂向拝

向拝は3間。正面の軒先を支える向拝柱は、几帳面取りの角柱。

柱上の組物は出三斗。大斗(だいと)は皿付きのものが使われています。

虹梁の中備えの彫刻は左から波、蓮、竜。

 

本堂向拝

向拝柱の木鼻。正面側(写真左)は唐獅子、側面(写真右)は象。

この部分は題材や作風が諏訪の立川流とよく似ていて、良い造形だと思います。

 

本堂海老虹梁

向拝柱と母屋は、ゆるやかにカーブした海老虹梁(えびこうりょう)でつながれています。海老虹梁の母屋側は、唐獅子の彫られた持ち送りで支えられています。向拝側は虹梁の高さへ降りています。

向拝柱の柱上では手挟(たばさみ)が軒裏を受けていて、手前の海老虹梁の上のものは唐獅子が、海老虹梁のない柱の上では牡丹が彫られています。とくに牡丹は良い造形ではないでしょうか。

 

六角堂

宝蔵寺六角堂

本堂の左手には六角堂なる堂が鎮座しています。

屋根は銅板葺。柱は円柱。扁額は「六角堂」。

 

六角堂軒下

柱は上部がすぼまった粽(ちまき)。柱間には桟唐戸(さんからど)が立てつけられ、その上は長押(なげし)で固定されています。

柱の上部に通された頭貫と台輪には木鼻が付けられており、禅宗様の木鼻となっています。

柱上の組物は六角形の構造に合わせた独特な構成のものが使われており、台輪の中間で柱のない場所にも組物が置かれています(詰組)。軒裏は二軒の扇繁垂木。詰組も扇垂木も禅宗様の意匠です。

 

近藤勇首塚と松平家霊廟および三方ヶ原合戦忠死者の墓

近藤勇首塚

後述の東照宮へ向かう参道には、近藤勇の首塚が立てられています。写真右の尖った石が首塚。

新撰組隊長・近藤勇は甲州勝沼の戦いで敗走したのち捕縛・処刑され、京都の三条大橋で梟首されます。通説ではその首の後の行方は不明とされているのですが、境内の案内板(法蔵寺執事の設置)によると“同志”によって持ち出されたらしく、近藤勇の敬愛していた和尚が当寺の39代貫主に就任していたため、ここに埋められたとのこと。

 

松平家霊廟と三方ヶ原合戦忠死者の墓

首塚の向かいには松平家霊廟三方ヶ原合戦忠死者の墓があります。

徳川家康の祖父である松平廣忠のほか、徳川家康が浜松で武田軍に大敗した三方ヶ原の戦いで戦死した夏目吉信などの墓が並んでいます。夏目吉信は夏目漱石の祖先にあたる武将です。

 

東照宮

宝蔵寺東照宮

境内の最奥には東照宮が鎮座しています。

東照宮は銅板葺の入母屋。正面に千鳥破風(ちどりはふ)、軒唐破風(のき からはふ)付の向拝1間。正面3間・側面3間。

造営年は不明ですが、江戸中期以降のものと思われます。

 

東照宮向拝

向拝の軒下は几帳面取りの角柱で支えられています。木鼻は正面側が唐獅子、側面が獏。前述の本堂の木鼻とは作風がちがっています。

 

東照宮向拝

虹梁は赤い地に白で若草が描かれています。中備えは、渦や葉の意匠がついた蟇股。その上では大瓶束が唐破風の棟を受けており、束の左右には鶴が雲と波のあいだを飛ぶ彫刻が配置されています。

 

東照宮唐破風

唐破風の中央から下がる兎毛通(うのけどおし)は、赤い菊が彫られています。破風板には金色で三葉葵の紋と、葉のついた菊の花が描かれています。

唐破風の上の鬼板にも三葉葵の紋。

 

東照宮母屋

母屋柱は黒く塗られた円柱。母屋柱と向拝柱は赤い海老虹梁でつながれています。

母屋正面中央には紅白の桟唐戸が立てつけられています。桟唐戸の上部には、日の丸と菊水が彫られています。その上の扁額は「東照宮」。

左右の柱間は蔀(しとみ)が使われ、上の欄間には雲と思しき題材の彫刻が配置されています。

 

東照宮側面

側面。

正面側の1間は蔀ですが、後方の2間は壁板が横に張られています。欄間にはやはり雲と思しき彫刻があります。

縁側は切目縁が3面にまわされていて、背面をふさぐ脇障子には彩色された「松に鶴」が浮き彫りになっています。なお、反対側の脇障子は「竹に鶴」でした。

 

東照宮背面

背面。こちらは壁板のつくりが若干粗く、見られることをあまり意識していない造り。

母屋柱の床下は、面取りされた角柱になっていました。

 

東照宮千鳥破風

正面の千鳥破風。

赤い破風板からは、緑の装飾のついた蕪懸魚が下がっています。

破風の内部には蟇股、虹梁、笈形付き大瓶束が確認できます。

 

御草紙掛松

最後に、境内入口の駐車場にあった「御草紙掛松」。

幼少の徳川家康が手習いの際この松に本(草紙)をかけたという伝承が名前の由来。「家康公お手植えの松」とも言われているようです。

久能山東照宮(静岡市)にも似たような木がありましたが、やはり本物のお手植えではなく、この松は原初の木から4代目にあたるものとのこと。

 

以上、法蔵寺でした。

(訪問日2020/09/12)

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