今回は長野県長野市の善光寺雲上殿と駒形嶽駒弓神社について。
善光寺雲上殿
所在地:〒380-0802長野県長野市箱清水3-1775(地図)
公式 :善光寺雲上殿
善光寺雲上殿(ぜんこうじ うんじょうでん)は、善光寺の北の高台に鎮座する納骨堂です。
1949年の造営(落慶)で、多宝塔を模した本殿には、善光寺本尊の分身が祀られています。また、境内は長野市街を一望でき、花見の名所となっています。
境内
善光寺雲上殿の境内は南向き。善光寺の北側の住宅地を抜け、急坂の山道を登った先の高台に境内があります。
中央の本殿は、三間多宝塔、銅板葺。
本殿の下層。
柱間は3間で、中央は板戸、左右は緑色の連子窓。
柱は円柱で、軸部に長押が多用されており、和様の外観となっています。
柱上の組物は二手先。中備えは透かし蟇股。
基壇の上に擬宝珠付きの欄干を立て、縁側のかわりとしています。
上層。
組物は尾垂木四手先。
軒裏は平行の二軒繁垂木。
本殿の左右には、このような回廊がつづいています。こちらは向かって右(東側)のもの。
入母屋、銅板葺。
こちらも柱は円柱で、長押が多用され、本殿部分と意匠が統一されています。
組物は出組。中備えの蟇股は、内側に連子窓のような格子が入っており、風変わりな意匠だと思います。
向かって左側の回廊。右側のものを左右反転させた造りです。
回廊と本殿の接続部は、回廊の軒先を曲げています。
本殿の手前の広場の左右には、名称不明の伽藍が並んでいます。こちらは向かって右側の建物の西面。
入母屋、本瓦葺。
柱はいずれも角柱。軸部は長押が使われ、頭貫木鼻はありません。
組物は二手先で、柱に肘木を挿した(挿肘木)大仏様の組物です。
軒裏は平行の二軒繁垂木。
向かって左側の建物。
右側の建物と同様の造りです。
本殿前の広場から長野市街を見下ろした図。
茂みの影になってしまっていますが、写真中央手前に善光寺本堂背面の屋根が見えます。
以上、善光寺雲上殿でした。
駒形嶽駒弓神社
所在地:〒380-0802長野県長野市上松1997(地図)
駒形嶽駒弓神社(こまがたけ こまゆみ-/こまがたたけ こまゆみ-)は、長野市街北端の地附山中腹に鎮座しています。別名は善光寺奥の院(ぜんこうじ おくのいん)、水内大社奥社(みのちたいしゃ おくしゃ)。
創建は不明。口碑によると当初は水内大社(建御名方富命彦神別神社のことと思われる)の奥社という立ち位置だったようですが、水内大社とともに善光寺に取り込まれ、奥の院と呼ばれるようになったようです。1828年に現在の社号となり、幕末に現在の本殿が建てられました。
1985年には所在地の地附山で地すべりがあり、多くの死者や倒壊家屋を出す大災害となりましたが、当社は被災を免れています。
境内
駒形嶽駒弓神社の参道は東向きで、後述の社殿は南向きとなっています。境内入口は、善光寺雲上殿から地附山公園へ向かう途中の道路脇にあります。
右手前の社号標は「駒形嶽駒弓神社」。
参道の鳥居は、木造明神鳥居。
参道の石段を進むと、境内の中心部に到着します。
こちらは社務所。
社務所の前を通って境内最奥部へ進むと、巨岩と本殿が鎮座しています。
祭神はタケミナカタ。
本殿は、撞木造、向拝1間 軒唐破風付、銅板葺。
1828年再建。
屋根は正面と左右後方に破風がついており、上から見たときに棟がT字となります。これは、善光寺本堂と同じ撞木造(しゅもくづくり)という様式です。
ただしこの本殿は単層の屋根となっているため、善光寺本堂(二重の外観となっている)とはさほど似ていないと思います。
向拝は1間。
虹梁や懸魚に彫刻が配されています。
唐破風の兎毛通(懸魚)は鳳凰の彫刻。
向拝柱は面取り角柱。正面に唐獅子、側面に象の木鼻があります。
柱上は出三斗。
虹梁は雲のような意匠の絵様が彫られ、眉欠き部分には鶴の彫刻が入っています。
虹梁の上には、丸みを帯びた束が立てられています。
向拝と母屋のあいだには海老虹梁がわたされています。
母屋の扁額は「駒形嶽駒弓神社」。
母屋柱は角柱。軸部は貫で固定され、頭貫に木鼻があります。柱上は、台輪がまわされています。
組物は出組。中備えはありません。
軒裏は放射状(扇垂木)の二軒繁垂木。あまり神社らしくない造りです。
右側面(写真左)および背面(写真右)。
側面と背面には縁側がありません。ここも神社らしくない造りだと思います。
正面の破風。
破風板の拝みには、鰭付きの懸魚があります。
向拝の棟の鬼板(写真左下)には、卍が描かれています。
以上、駒形嶽駒弓神社でした。
(訪問日2023/10/07)