今回は大阪府堺市の石津神社(いしづ-)について。
石津神社は堺区の市街地に鎮座しています。
創建は社伝によると5代・孝昭天皇の時代とされます。平安期の『延喜式』に記載された「石津太神社」に比定される式内論社のひとつ。その後の中世の沿革は不明。江戸期には5代将軍・徳川綱吉の寄進を受けています。
現在の境内社殿は戦後の再建と思われます。本殿は鉄筋の覆い屋に納められ、見ることはできません。
現地情報
所在地 | 〒590-0814大阪府堺市堺区石津町1-15-21(地図) |
アクセス | 石津駅から徒歩10分 阪神高速湾岸線 出島出口または石津出口から車で5分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | あり(要予約) |
公式サイト | 石津神社 |
所要時間 | 10分程度 |
境内
拝殿と本殿
石津神社の境内は西向き。めずらしい方角を向いています。境内入口は高規格の幹線道路に面していて、近くには熊野街道と呼ばれる旧道が通っています。
明神鳥居の扁額は「石津大社」。
境内に生育するクスノキとオガタマノキが市保存樹木になっているようです。
参道右手には手水舎。
切妻、銅板葺。
拝殿は入母屋、向拝1間・向唐破風、銅板葺。
賽銭箱やちょうちんには、三つ柏の紋があしらわれています。
向拝柱は角面取り。正面と側面には拳鼻。
柱上の組物は出三斗。
虹梁中備えは蟇股。菊が彫られ、彩色されています。
蟇股の上は笈形付き大瓶束。太く短い形状になっています。
本殿は見ることができません。
Wikipediaによると本殿は春日造とのことで、入母屋のこの社殿は本殿の覆いでしょう。
祭神は事代主(当社では戎神と同一視されているらしい)、大国主、アメノホヒの3柱。
覆い屋は入母屋、正面千鳥破風付、銅板葺。
柱は円柱、頭貫には拳鼻、柱上は出三斗と平三斗。
軒裏は一重繁垂木。
破風板は赤い材に飾り金具が付き、拝みに蕪懸魚。
屋根の上には千木と鰹木。千木は風穴があいて先端が割れたもの。
境内社
境内北側には2棟の境内社が南面しています。
向かって左が野見宿禰社、右が天満宮。
両者とも一間社流造、銅板葺。
野見宿禰社の軒下。
向拝柱は糸面取り。側面には象頭の木鼻。
柱上の組物は出三斗で、少し長い実肘木が使われています。
虹梁中備えは蟇股。鬼のような顔が2つ彫られています。
母屋柱は八角柱。円柱の床下を八角柱にする例はしばしば見かけますが、床上も八角になっているのはめずらしいです。
頭貫は拳鼻。柱上は大斗と実肘木。
向拝柱と母屋をつなぐ海老虹梁は、頭貫の位置から出て軒裏をかすめ、向拝の組物の上に降りています。
つづいて天満宮。
虹梁中備えは蟇股。風変わりな形状にくり抜かれています。上部には梅鉢の紋。
向拝柱と母屋は、白いつっかい棒のような部材でつながれています。
母屋柱は角柱、頭貫には象鼻、柱上は出三斗。
妻飾りは間斗束。
破風板の拝みには懸魚が下がっています。懸魚はH字のシルエットのもの。
以上、石津神社でした。
(訪問日2021/11/21)