甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【北杜市】義光山矢の堂

今回は山梨県北杜市の義光山矢の堂(ぎこうさん やのどう)について。

 

義光山矢の堂は小淵沢町の住宅地に鎮座しています。寺号、院号、宗派はとくにないようです。

創建は平安後期とされ、源義光(新羅三郎義光)が空海の作った観音像を園城寺(滋賀県大津市)から勧請したのがはじまりと言われます。平安末期には天沢寺という寺院の管理下(別当)となり、天沢寺が廃寺になったあとは武田信玄によって同町の昌久寺の別当となります。昭和以降は、当地住人の有志からなる奉賛会により所有・管理され、2020年には茅の葺き替えが行われました。

現在の矢の堂本堂は江戸中期のもので、現在も茅葺の屋根が維持され、町の文化財となっています。また、境内には高遠石工の作である宝篋印塔があり、こちらも文化財に指定されています。

 

現地情報

所在地 〒408-0044山梨県北杜市小淵沢町2139(地図)
アクセス 小淵沢駅から徒歩5分
小淵沢ICから車で3分
駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
寺務所 なし
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

矢の堂

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矢の堂の入口は住宅地の生活道路に面しています。

矢の堂本堂は東向き。

梁間3間・桁行4間、入母屋(妻入)、向拝1間、茅葺。

1781年(安永十年)再建。町指定文化財。

本尊は観音菩薩。

 

屋根の茅は2020年に葺き直されたもので、葺き替えからまだ日が浅いため非常にきれいな状態です。

Wikipediaによると内部の天井の羽目板には花鳥が描かれ、美麗な「花天井」になっているとのこと。

 

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向拝。軒裏は新しい材で修復されています。

奥の母屋の扁額は山号「義光山」。

 

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向拝柱は几帳面取り角柱。

側面の木鼻は唐獅子の彫刻。良い造形だと思います。

柱上の組物は連三斗。唐獅子の頭に巻斗が乗り、持ち送りされています。

 

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虹梁中備えは蟇股。

はらわたには馬の彫刻。

 

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向拝柱の上の手挟は菊が彫られています。唐獅子の彫刻と較べると、若干粗い造形に感じなくもないです。

縋破風の桁隠しは雲状の彫刻。

 

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母屋柱は角柱。

柱上には繰型のついた肘木が置かれ、桁を受けています。

中備えの意匠はなく、しっくい塗りの壁となっています。

 

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右側面(北面)。

柱間は舞良戸となっています。

側面も正面と同様に、中備えなどはありません。

 

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重厚な茅が覆いかぶさる入母屋破風。

破風板の拝みには鰭付きの猪目懸魚が下がっています。

大棟には千木のようなX字型の部材がのっていて、神社風の趣を漂わせます。

 

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矢の堂本堂の右手には経蔵が鎮座しています。経蔵は南向きで、矢の堂本堂と軒先が接触しそうなほど距離が近いです。

寄棟、茅葺。

耐火性を高めるためか、土蔵に近い外観になっています。

 

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矢の堂本堂の正面には宝篋印塔。石造塔にしては非常に凝った造りをしています。

1813年(文化十年)、高遠石工の池上平右衛門周幸の作。安山岩製、全高3.7メートル。町指定文化財。

 

上層は屋根の四方に唐破風が付き、縁側の欄干のような意匠が見られます。下層は蓮華の上に十六羅漢が彫られています。

 

大宮神社

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矢の堂の南側には大宮神社が隣接しています。南側の道路沿いの入口に鳥居があり、矢の堂とは別の独立した神社のようです。

創建は不明。山梨県神社庁のページには“応永元年(一三九六)三月神殿を建立”とあり、遅くとも室町初期には確立されていた模様。

祭神はオオミヤノメ、大国主、スクナビコナの3柱。社名から氷川神社(埼玉県大宮市)の系統かと思ったのですが、とくに関係はなさそうです。

 

上の写真は拝殿。入母屋、向拝1間、桟瓦葺。

茅葺の上に鉄板を葺き、さらに桟瓦が葺かれています。

 

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向拝柱は角面取りされた角柱。軸が若干ぶれてしまっています。

側面には繰型のついた拳鼻。繰型は細かく入り組んでいて、見ごたえのある造形。

柱上の組物は出三斗。ほかの材とのバランスを考えると、だいぶ小振りに見えます。

 

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向拝柱と母屋柱のあいだには、ゆるやかにカーブした海老虹梁がわたされています。

母屋からは腕木が伸びて小天井が張られ、腕木の先端にわたされた桁が軒裏を受けています。

 

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拝所は少し奥まった位置に設けられています。扁額は「大宮神社」。

拝殿後方にある本殿は、覆い屋の内部にあって観察できず。

 

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拝殿向かって右隣(東側)には石造の小祠。

こちらも前述の宝篋印塔のような凝った造りをしています。

 

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向かって左側の社殿。

様式は流造なのですが正面背面に千鳥破風がつき、四方の軒先に軒唐破風がつくという複雑怪奇な造り。

大棟は山梨県の神社本殿でよく見られる箱棟の形状になっていて、武田菱が彫られています。また、壁面・縁の下・浜床側面にも彫刻があります。

 

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向かって右側の社殿。

流造、正面千鳥破風付、正面軒唐破風付。こちらは木造の神社本殿でも見られる様式をしています。

大棟は箱棟になっていて、菊の紋が彫られています。

派手な造形の彫刻こそないですが、兎毛通・蟇股・出三斗といった意匠が観察できます。そして基部は唐獅子の彫刻によって支えられています。

 

以上、義光山矢の堂でした。

(訪問日2021/11/03)