世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【豊田市】足助八幡宮

今回は愛知県豊田市の足助八幡宮(あすけはちまんぐう)について。

 

足助八幡宮は豊田市北部の国道153号沿いに鎮座しています。

創建は西暦673年とされる古社であり、香嵐渓や重要伝統的建造物郡(重伝建)の「足助の町並み」などの名所と隣接しています。本殿は屋根に檜皮が使われており、室町中期の造営で重要文化財に指定されています。

  

現地情報

所在地 〒444-2424愛知県豊田市足助町宮ノ後12(地図)
アクセス 豊田勘八ICから車で20分
駐車場 670台(500円、11月は1000円)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(10:00-15:00)
公式サイト 足助八幡宮 | 豊田市足助観光協会
所要時間 15分程度

 

境内

参道と社殿

足助八幡宮の鳥居

足助八幡宮の境内入口は幹線道路に面しており、鳥居や社殿は南向き。

鳥居は木製の両部鳥居で、前後の柱は八角柱になっています。扁額は「八幡宮」。

 

足助八幡宮の手水舎

拝殿の向かいには手水舎があり、しっかりと水が出ています。

手水舎は銅板葺の切妻。柱は円柱で、舟肘木や木鼻、破風板(はふいた)には懸魚(げぎょ)などの意匠が見られます。

 

足助八幡宮の拝殿全体図

足助八幡宮の拝殿正面

拝殿は銅板葺の切妻(平入)。正面に軒唐破風の向拝3間。柱はいずれも角柱。

弓なりにカーブした唐破風と、銅板でカバーされた屋根の3次元曲面が印象的。唐破風の中央からはハート形(猪目)や唐草模様にくり抜かれた兎毛通(うのけどおし)が垂れています。

 

足助八幡宮の拝殿の向拝

向拝の唐破風の軒下には虹梁(こうりょう)が渡されており、その上では角ばった大瓶束(たいへいづか)が唐破風の棟を受けています。

 

本殿

足助八幡宮本殿

拝殿の裏手には本殿がありますが塀に阻まれていて、右側面を遠目に眺めることしかできません。

本殿は檜皮葺の三間社流造(さんけんしゃ ながれづくり)。正面3間・側面2間、向拝3間。重要文化財に指定されています。

ふつうの神社本殿は向拝を吹き放ちにしますが、この本殿は向拝の側面に壁が張られているのが変わっています。向拝の壁には四角い窓(明かり取り?)がついており、向拝・母屋ともに壁は漆喰で塗られています。

背面側には軒を支えるための柱がついていますが、もともとあったのか、あるいは補強のため後付けされたのかは不明。

 

案内板(豊田市教育委員会)によると本殿は1466年(文正元年)の再建で、愛知県内に現存する室町期の神社建築としては規模の大きなものとのこと。

祭神については案内板に記述がないですが、八幡宮なので誉田別命などの3柱と見ていいでしょう。

 

足助八幡宮本殿の拡大図

少しアップで撮った図。

左端で軒先を支える柱は角柱であるのに対し、右のほうで母屋を構成する柱は円柱。縁側を見ても、母屋のほうが1段高くなっています

寺社建築には「円柱>角柱」という格差があり、神を祀る空間である母屋は床を高くして円柱で造るのがセオリー。

縁側が2段の構成で、向拝柱が縁側の1段目に立てられている点は筑摩神社(松本市)とよく似ています。筑摩神社本殿と足助八幡宮本殿はなにかと似ている点が多く、時代・規模・平面構成が奇しくもほぼ一致しています。

 

母屋の頭貫には拳鼻がついており、柱上には平三斗(ひらみつど)の組物、柱間には間斗束(けんとづか)置かれ妻虹梁を受けています。妻虹梁の上には束(おそらく大瓶束)。

手水舎の近くにあった案内板(豊田市教育委員会)によると繋ぎ虹梁や木鼻や手挟に特色があるらしいですが、この距離からではまともに鑑賞できません...

 

足助神社

足助神社の鐘楼

足助八幡宮の東には足助神社の境内があります。両社に境界のようなものはなく、足助神社は足助八幡宮の一部といった感じ。

 

写真は境内南にある神仏習合時代のなごりの鐘楼。桟瓦葺の切妻。

柱は角柱で、内側に転びがついています。壁は縦方向に張られ、頭貫だけでなく台輪にも木鼻がついており、禅宗様の意匠が見受けられます。

案内板によると中にあった鐘は廃仏毀釈の折に売却されたとのこと。そして「楼」という割には平屋です。これを本当に「鐘楼」と呼んでいいのでしょうか...

 

足助神社の拝殿

拝殿は銅板葺の切妻。平入の母屋に妻入の向拝がついた構成。

 

足助神社本殿

拝殿の裏にある本殿は銅板葺の一間社流造。母屋は円柱、向拝は角柱。

大棟には外削ぎの千木と、3本の鰹木が乗っています。

 

造営年代は不明ですが、あまり古いものには見えません。

祭神の足助次郎重範について書かれた案内板には“明治天皇より贈位もあり、足助神社として祀るようになった”とあるので、この本殿は明治以降のものでしょう

足助次郎重範は南北朝時代の武将で、後醍醐天皇に味方して京都の笠置山の籠城軍の大将をつとめるも陥落、敵軍に捕まり斬首されたとのこと。私はこの武将の名前を初めて知ったのですが、この地域では当地出身の忠臣として知名度があるようです。

 

境内については以上。

桧皮葺の本殿は、欲を言えばもっと近くで様々なアングルから眺めたかったところ。

神社とはあまり関係がないですが、すぐ近くにある「足助の町並み」も建築好きなら琴線に触れるにちがいない名所なので、あわせて見て行くことで満足度を高められることでしょう。

 

以上、足助八幡宮でした。

(訪問日2020/02/08)

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