今回は長野県塩尻市の阿礼神社(あれい-)について。
阿礼神社(阿禮神社)は旧塩尻宿の住宅地に鎮座しています。
創建は不明。社伝によると当地には諏訪氏の分流の一族が住んでいて、当初はその氏神だったとのこと。平安時代には坂上田村麻呂が東征の折に当社に立ち寄り、戦勝を祈願したようです。また、『延喜式』にも当社の記載があります。
鎌倉時代には小笠原氏の領地となり、境内に八幡宮が勧請されました。戦国時代には塩尻峠の戦いで社殿を焼失し、武田氏の領地となりました。江戸時代には、5代将軍・綱吉と7代将軍・家継の時代に社殿が再建されたとのこと。
現在の社殿は8代将軍・吉宗の時代の再建のようです。拝殿の左右には片拝殿のような社殿が並立し、諏訪大社上社本宮に似た配置になっています。
現地情報
所在地 | 〒399-0712長野県塩尻市塩尻町6(地図) |
アクセス | みどり湖駅から徒歩20分 塩尻ICから車で5分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | あり(要予約) |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
参道
阿礼神社の境内は西向き。めずらしい方角を向いています。
境内は塩尻宿の一画にあり、旧中山道に面しています。
入口から少し奥まった場所に、石造の明神鳥居が立っています。
右手には、参道に背を向けた社殿があります。
社殿の名称は不明。入母屋、銅板葺。
正面には桟唐戸が立てつけられ、軒裏は一重まばら垂木。
拝殿
拝殿は、入母屋(妻入)、向拝1間 軒唐破風付、桟瓦葺。
案内板(宮司による設置)によると1743年(寛保三年)の再建。
左右には片拝殿と思しき社殿がつながっていて、諏訪造(諏訪大社上社本宮の建築様式)のような構成になっています。
正面の軒唐破風と入母屋破風。
入母屋破風の拝みには鰭付きの蕪懸魚。破風内部は木連格子。
向拝の軒下。
向拝柱は角面取り。
柱の外側には大仏様木鼻がついています。神社で大仏様木鼻を使うのはめずらしいです。
柱上の組物は連三斗の発展型で、写真右の中備えの組物と肘木を共有しています。また、大仏様木鼻の上に乗った巻斗で持ち送りされています。
向拝柱と母屋は、湾曲した海老虹梁でつながれています。
海老虹梁の内側にはまっすぐな梁があり、つごう4本の梁がわたされています。
母屋の扁額は「延喜式内 阿禮神社」。
拝殿の左右には片拝殿。こちらは向かって右のもの。
切妻、桟瓦葺。
柱は角柱、柱上は舟肘木。柱間は格子戸。
破風板の拝みには梅鉢懸魚。
拝殿と、左の片拝殿の接続部。
接続部には階段が設けられ、昇高欄がついています。
欄干の親柱は擬宝珠付き。
拝殿の手前には2組の狛犬。
一部風化が進んでいますが、独特なおもしろい造形だと思います。
拝殿の後方には、板塀に囲われた本殿が鎮座しています。
三間社流造、銅板葺。
一間社流造を2棟並べ、あいだに1間おいて連結した構造をしているようです。しかし軒下には板が張られていて、各所の意匠を観察することはできません。
主祭神はスサノオ。ほか、大国主と誉田別命も祀られているようです(境内案内板より)。
その他の社殿
拝殿向かって右手(北)には社務所が南面しています。
母屋は桟瓦葺。玄関(向拝?)の庇は銅板葺。
庇には軒唐破風が設けられ、軒下には彫刻が配されています。
社務所にしては豪華な造り。
庇の柱の正面は唐獅子、側面は象の木鼻。
虹梁は唐草が浮き彫りになっています。
中備えは蟇股。
唐破風の小壁の妻飾りは蟇股。若葉と波の意匠。
破風板から下がる兎毛通も、若葉と雲の意匠。
屋根の鬼板には、並び鷹の羽の紋。
右の片拝殿のとなりには、祭神不明の境内社。
一間社流造、銅板葺。見世棚造。
以上、阿礼神社でした。
(訪問日2022/06/07)