世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【都留市】諏訪神社(川茂)

今回は山梨県都留市川茂(かわも)の諏訪神社(すわ-)について。

 

諏訪神社(川茂)は都留市街の北にある住宅地に鎮座しています。

最大の見どころである本殿は、江戸後期に特有の彫刻まみれの入母屋。これだけだと近辺の神社と大差ないのですが、木鼻の使いかたが他とは一線を画していて独創的な造りとなっています。

 

現地情報

所在地 〒402-0003山梨県都留市川茂153(地図)
アクセス

禾生駅から徒歩5分

都留ICから車で5分

駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

参道と拝殿

諏訪神社の鳥居

諏訪神社の境内入口は南東向き。

鳥居は石製で、笠木がまっすぐになった明神鳥居です。扁額は「諏訪神社」。

 

諏訪神社の拝殿

参道を進むと拝殿があります。拝殿は鉄板葺の切妻(平入)。

拝殿の後方に見えるのは、本殿の覆い。

 

本殿

諏訪神社本殿

拝殿の裏にある本殿は覆いがかかっていますが、拝殿の中や金網の外から支障なく鑑賞できます。

本殿は鉄板葺の一間社入母屋(いっけんしゃ いりもや)、平入。向唐破風の向拝1間。

 

造営年代は不明で、案内板(都留市教育委員会)によると“石の土台には「天保二年石工渡辺茂■(■部不明)」と刻字があり、建造の歴史を物語っている”とのこと。天保2年は西暦1832年です。

拝殿内部にある由緒書きによると“現在の本殿は天保七年(1836年)に改築”とのことで、本殿の意匠はそのころの作風が色濃く残されています。

祭神は諏訪神社なのでタケミナカタ。拝殿の由緒書きには“宝永二年(1705年)に開墾耕作の神としてこの地に諏訪神社として祀られる”とありました。

 

諏訪神社本殿の向拝中備

本殿の正面を拝殿内部から見た図。

向拝の角柱をつなぐ虹梁(こうりょう)には立体的な波の彫刻が施されています。この部材をここまで彫刻化した作例は他に見たことがありません。

虹梁の上の中備えは龍。虹梁の両端の木鼻は、正面側は唐獅子、側面は見切れてしまっていますが麒麟(あるいは獏?)。この部分の彫刻は、近辺の神社とあまり変わり映えしません。

 

諏訪神社本殿の向拝右側面

覆いの金網の外から本殿向拝の右側面を見た図。

写真左の向拝柱の上では、三手先の組物が唐破風の軒下を受けています。

向拝の虹梁と母屋の頭貫は同じ高さですが、両者をつなぐ虹梁は湾曲した形状。

 

諏訪神社本殿の右側面

母屋の右側面。壁面には孔雀(クジャク)と思しき鳥が描かれています。

クジャクの彫刻に目が行ってしまいますが、この本殿の最大の特徴といえるのが長押の上の頭貫に配された木鼻。3つ並んでいて、左右は唐獅子、中央は鳳凰の頭が彫刻されています。注目すべきは中央の鳳凰。

ふつう、木鼻というのは貫などの木口(棒材の切り口のこと)を隠すのが目的です。しかしこの鳳凰の木鼻は貫の中間、つまり木口でないところに配置されています。このような個所に木鼻を配置する例は他に見られず、とても独特です。

 

諏訪神社本殿背面

縁側は4面にまわされており、背面側をふさぐ脇障子が立てられています。欄干は擬宝珠付き。床板は壁面と直交する切目縁。

床下は三手先の出組で支えられており、よく見ると床下の柱間にも木鼻の彫刻が配置されています。

 

諏訪神社本殿の背面

背面の壁に彫刻はありませんが、やはり貫の柱間に木鼻があります。

組物は三手先の出組で、組物から龍の木鼻が突き出ています。また、本来は柱上に置く組物を柱間に配置した詰組(つめぐみ)が使われています。

柱間の木鼻はめずらしいですが、柱間の組物(つめぐみ)はこの近辺や山梨県内の神社本殿ではしばしば見かけます

 

諏訪神社本殿の左側面

左側面。

直射日光が当たっているせいで見づらいですが、こちら側の壁面は鳳凰と思しき鳥が彫刻されていました。

 

本殿の解説は以上。

彫刻まみれの入母屋本殿なら、この近辺だけでも生出神社(都留市)、軍刀利神社(上野原市)、春日神社(大月市七保町)などなど多数の例があって、珍しくないどころか没個性でさえあります。その一方で、柱間の木鼻という他にない個性を持っていて、同類の本殿とくらべても「行きつくところまで行った」感を受けます。

 

以上、諏訪神社(川茂)でした。

(訪問日2020/01/24)

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