世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

【岡谷市】十五社神社(間下) ~狭すぎ&深すぎな境内入口~

今回は長野県のマイナー観光地ということで、岡谷市間下(ました)の十五社神社(じゅうごしゃ-)について。

 

十五社神社(間下)は、岡谷ICから岡谷駅に向かう県道沿いの目立たない場所に鎮座しています。

諏訪大社の系統であり、近辺には同名の神社が複数ありますが、社殿の規模と古さでは間下の十五社神社が他よりも頭一つ抜き出ています。

 

 

現地情報

所在地 〒394-0005長野県岡谷市山下町2-17(地図)
アクセス

岡谷駅から徒歩25分

岡谷ICから車で10分

駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

参道

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こちらが十五社神社(間下)の境内入口です。

奥にある茂みが社叢なのですが、ほとんど山林の一部として溶け込んでいるので、ここを通りかかって社叢に気づく人は絶無と言っていいでしょう。

私自身、ここはよく通る場所なのですが、この神社に気づいたのは最近のことです...

 

手前の道は岡谷市内の主要な幹線道路(県道254号線)で、写真右側が岡谷IC・国道20号線方面、左側が岡谷駅・諏訪湖方面になります。境内入口のそばには塩尻峠への近道があるため車通りが激しく、横断注意。

 

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家と家の間、塀と生垣に挟まれた狭い小径を10メートルほど進むと、その先に境内があります。

入口の様子からして、人家に不法侵入してしまっているような錯覚におちいりますが、鳥居があるので自由に出入りしていい場所だと解ります。

訪問時はお祭りの直前だったからなのか、境内には御幣(稲妻型の紙)のついた縄がかけられていました。

 

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鳥居をくぐって進むと突き当りに舞屋と思しき社殿があり、参道は右に90°折れ曲がります。

曲がった先は石垣で一段高くなっており、石垣の上に拝殿が立っています。

拝殿とその後方の本殿は南向きです。

 

拝殿

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拝殿は銅板葺の入母屋(平入)、正面に千鳥破風(ちどりはふ)、向拝は軒唐破風(のき からはふ)付き。

拝殿・本殿の四囲には御柱が立てられています。祭神は諏訪大社のタケミナカタとその妻・八坂刀女(やさかとめ)、そしてその子ら13神が祀られており、都合15柱が合祀されているため「十五社」という名前があるとのこと。

 

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向拝の軒下。

唐破風から垂れ下がる兎毛通(うのけどおし)には鳳凰、唐破風と桁の間には菊、そして虹梁(こうりょう)には豪快な龍の彫刻が施されています。

虹梁の上に龍の彫刻を置くのはこのあたりではよく見かけますが、虹梁そのものを龍の彫刻にしてしまった例はほかに見たことがなく、とても斬新かつユニーク。

龍が彫られた虹梁の上では大量の斗(ます)が桁を受けており、二重三重になった垂木と相まって、向拝の下はかなり密度の高い空間になっています。

 

案内板(間下区設置)によるとこの拝殿は1920(大正9)年の竣工で、当時の平野村(現在の岡谷市)は製糸業が全盛期を迎えていたため財政的にとても恵まれていたとのこと。

 

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拝殿を右側面から見た図。

後方にも母屋がのびており、正面の千鳥破風も含めると十字型の棟になっています。

写真右端に写り込んでいるのは本殿の覆いです。

 

本殿

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拝殿の裏にある本殿には覆いがかけられていますが、壁板は張られていないので問題なく鑑賞できます。

本殿は銅板葺の一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。正面1間・側面1間、向拝1間という、至って標準的な造りです。

案内板によると、昭和期の修復の際に棟札から1774(安永3)年の造営であることが判ったようです。神社としてはさほど古いものとは言えないですが、諏訪地域の神社に限って言えばそこそこ古い部類に入るでしょう。

 

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写真右端には虹梁の上の蟇股(かえるまた)と、唐獅子と象が彫られた木鼻が観察できます。

屋根側面の破風板には懸魚や桁隠しがついておらず、簡素な造り。

 

母屋については特筆するほどのものは見られないですが、小屋組を見ると梁の上で大棟を受けている束は大瓶束(たいへいづか)です。上の写真では覆いの貫に隠れて上半分が見えなくなっていますが、梁をはさむ結綿(ゆいわた)は確認できます。

いちおう補足しておくと、大瓶束はもともと天竺様(てんじくよう)の寺院建築に使われる意匠ですが、神社に使われることも珍しくはありません。

 

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向拝の下部。

石の土台の上に建てられており、正面の階段の下には浜床が張られています。縁側の手すりは跳高欄(はねこうらん)。

 

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背面。

柱の上部に通っている頭貫(かしらぬき)の上には蟇股、両端には拳鼻(こぶしはな)が見えますが、いずれもあまり凝ったところのない古風な造り。

当然のことながら、縁側の脇障子(わきしょうじ)にも彫刻の類はありませんでした。

 

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背面の床下。

床下が妙に黒くなっていますが、理由は不明。縁側は四手先の組物で支えられています。

母屋の柱は床下まで円柱に成形されており、手抜きのない仕上げになっています。

 

 

社殿については以上。

境内はいちおう幹線道路に面していますが、入口が非常に小さくて目立たないので存在感の薄い神社になっています。言い換えれば非常に「隠れ名所」の感にあふれていると思います。

本殿はシンプルな造りながら歴史もあり、諏訪地域にありがちな彫刻まみれの社殿とは一線を画す雰囲気です。

 

以上、十五社神社(間下)でした。

(訪問日2019/10/05)