甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【寺社の基礎知識】向拝と母屋(身舎)

今回は寺社の基礎知識として、仏堂・社殿を構成する要素である向拝と母屋について。

 

寺社建築を語るうえで必須といって過言でない用語が向拝(こうはい)母屋(もや)。これを理解できていないと、寺社建築を正しく読み解くことは難しいです。

あまり聞きなれないワードかと思いますが、重要な用語であるにもかかわらず、向拝と母屋を詳細に解説しているサイトはあまり見受けられません。

そういうわけで今回は向拝と母屋について、両者の役割や外観の違いを述べつつ、寺社建築の楽しみかたを解説していきます。

当記事では神社の向拝と母屋の話題を中心としていますが、寺院の仏堂にも共通する内容になっています。

 

 

向拝(こうはい)

向拝とは

向拝とは、建物の正面の階段を覆う庇(ひさし)のことをいいます。また、その庇の下の空間のことを指して向拝という場合もあります。

“ごはい”と読んだり“御拝”と書いたりすることもありますが、当ブログでは“向拝(こうはい)”で統一しています。

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上の画像の赤枠が、向拝のよくある例です。

屋根の一部分だけを伸ばしたもの(左上)もあれば、正面側の屋根の全体を伸ばして庇を兼ねたもの(右上)もあります。

場合によっては、装飾として唐破風を設けたもの(左下)も、屋根の妻側から突き出すように庇を設けたもの(右下)もあります。

 

向拝の役割の変遷

向拝の第一の役割は、正面の階段を雨から守ることです。こうした役割から、向拝は別名を“階隠し”(はしかくし)とも言います。

第二の役割は、建物の前で礼拝する人を雨や日差しから守ることです。これはとても重要な役割だったのですが、時代が下るにつれてこの役割は消えていっています。

 

往時(仏教伝来~奈良時代)の本堂・本殿は、僧侶や神官であっても内部への立ち入りは原則として許されておらず、神仏だけの空間でした。よって礼拝は建物の前で行われたわけですが、大陸とちがって日本は雨が多くて不便なので、参拝者のために向拝を拡張させることになったと考えられます。

しかし時代が下るにつれ、向拝だけでは収容しきれない数の参拝者に対応する必要に迫られました。

寺院では1つの屋根の下を内陣・外陣に分割する手法が採られ、神社では拝殿という別の建物を設ける手法が採られて現在に至ります。

寺院と神社とではまったく別の手法が採られたものの、どちらにせよ向拝は「参拝者を守る」という役割をほぼ失っています

 

本来の役割を失った結果、向拝は実用性よりも装飾性が求められるようになりました。特に江戸期の寺社建築の向拝は、蟇股(かえるまた)のような目立つ彫刻が配置されるようになり、寺社建築の見どころとして派手でわかりやすい箇所になっています。

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(彫刻で満たされた向拝)

 

母屋(もや)

母屋(身舎)とは

母屋とは、建物の本体にあたる部分です。下の画像のように、柱や建具(壁や扉)で囲われた空間を指します。

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寺院建築の場合、母屋の前方が壁のない吹き放ちになっているものもあります。

“おもや”と読みたくなるかもしれないですが、寺社建築では“もや”と読むのが正しいです。表記は、“母屋(おもや)”との混同を避けるため“身舎(もや)”という表記を使うほうが好ましいですが、当ブログでは母屋(もや)で統一しています。

 

見てのとおり、母屋は信仰対象(仏像や御神体)を外部から見えないようにしつつ、雨風から守るのが役割です。

当然ですが、いちばん重要なものを安置する場所になるので、母屋は寺社建築ではもっとも格の高い空間になります。

 

母屋は格上なので、円柱を使うのが作法

下の画像は、標準的な神社本殿の写真です。

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赤で囲ったのが母屋の柱。青で囲ったのが向拝の柱になります。注目していただきたいのは、柱の形状です。

母屋には円柱(丸柱)、向拝には角柱が使われているのがお解りいただけるでしょうか。

「母屋は円柱、向拝は角柱」というのが寺社建築のセオリー、いわば作法で、これが逆転したものはあり得ません。仮にあったとしたら、それは施工ミスです。

 

寺社建築に使われる柱は円柱と角柱の2種類なのですが、円柱のほうが成形に手間がかかるため、格上の母屋には円柱が使われます

円柱のほうが成形しやすそうに思えるかもしれないですが、手作業で高精度の円柱を削り出すには丸太からいったん角柱を削り出し、その角を削って「四角柱、八角柱、十六角柱...」といった感じで円柱に近づける地道な作業が必要です。

また、精度を出すため、丸太→角柱→円柱という過程で削り出すので、木材の大半を屑として捨てることになり、角柱よりも円柱のほうが太い木材(丸太)が必要になります。

さらに、神社の木材は節のないもの(無節)に限られるので、木材の調達はより難しくなります。

このように、加工工程だけでなく木材の調達の難度が高いことが、円柱が格上である理由です。


ただし、ものによっては母屋にも角柱が使われている例もあります。これは他の社殿と比べて格下であることを表示するためです。

また、床上は円柱なのに、床下部分の成形を八角柱で止めてしまっている例があります。これは室町時代以降の寺社でしばしば行われる手抜きです。

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(床下の成形を省略し、八角柱で止めている例)

 

まとめ

当記事の内容を要約すると、

  • 向拝は正面の階段を覆う庇と、その下の空間のこと
  • 母屋(身舎)は柱や建具で囲われた、建物の本体のこと
  • 母屋は円柱、向拝は角柱を使うのが寺社建築の作法

上記の3点となります。

母屋に角柱を使ったものを見かけることはときどきありますが、向拝に円柱を使ったものはほぼ無いです。寺社に参拝する際は、向拝と母屋の区別を意識しつつ、柱の形状に注目してみて下さい。

 

以上、向拝と母屋についてでした。