甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【寺社の基礎知識】破風の意匠

今回は寺社の基礎知識ということで、破風について。

 

破風(はふ)という建築用語をご存知でしょうか?

仕事か趣味で寺社や住宅建築を勉強している人でなければ、おそらく読み方さえ知らない用語かと思います。ですが破風は寺社建築には例外なく使われている要素であり、建築様式を語るのなら避けて通れない用語です。

今回は破風についての概要を解説しつつ、装飾としての破風について、慣れていないと誤解しがちな個所の説明をして行きます。また、破風板に付けられる懸魚(げぎょ)という彫刻についての概要もあわせて説明いたします。

 

 

破風

f:id:hineriman:20191019191927j:plain

破風(はふ)とは、屋根の妻側を指して呼んだ名称です。大ざっぱな言いかたをすれば、屋根が三角の山形のシルエットに見える面のことです。

屋根の破風の部分には板(破風板という)が取り付けられており、この板には妻壁を風雨から守る役割があるため“破風”という名前がついたとされます。

 

破風にはさまざまな構造・形状のものがありますが、大きく2種類に分類することができます。

1つは、建物の構造上、必然的に設けることになる破風。

もう1つは、装飾のために設けられた破風です。

 

構造的な破風

切妻破風と入母屋破風

f:id:hineriman:20191019194131j:plain

(左:切妻破風 右:入母屋破風)

構造上の都合で設けることになる破風には、切妻破風(きりづまはふ)と入母屋破風(いりもやはふ)の2種類があります。両者とも、寺社だけでなく城郭や住宅でも取り入れられる意匠です。

なお寺社建築の屋根には切妻・寄棟(方形)・入母屋の3パターンがあることを下記の記事で解説しましたが、破風が生じるのは切妻と入母屋だけです。寄棟は屋根形状の都合上、破風が生じません(後述の装飾的な破風が付け足されることはあります)。

www.hineriman.work

 

装飾的な破風

千鳥破風

千鳥破風(ちどりはふ)は破風の中でもちょっと特殊な部類に入り、平入の屋根の正面または背面に設けられます。先述した破風は妻側に設けられるものなので、この点が根本的に異なります。

f:id:hineriman:20191019192522j:plain

(入母屋屋根に付いた千鳥破風)

上の写真のように、屋根の面の部分から切妻屋根が出たようなものが千鳥破風です。

もともと千鳥破風は換気や明かり取りのための意匠だったようですが、今日の寺社建築ではもっぱら装飾のための意匠です。また、建物の中央部や出入口の位置を暗に示す役割もあります。

f:id:hineriman:20191019190945j:plain

(住吉神社(下関市) ※画像はwikipediaより引用)

なお、千鳥破風が1つあるだけでも屋根の形状が大きく変わるため、建築に詳しくなかったり寺社の鑑賞に慣れていなかったりすると、千鳥破風のせいで建築様式がわからなくなってしまうことも珍しくありません。

そうなった場合、千鳥破風を無くしたらどんな形状になるかを考えれば答えが見えてきます。上の住吉神社の場合、千鳥破風を無視すれば、横に長いだけの切妻(流造)です。

 

唐破風

唐破風(からはふ)は屋根や庇の軒に設けられる弓形の意匠のことをいいます。“唐”とあるので中国大陸に由来するもののように思えますが、日本で生まれた意匠です。

千鳥破風と同様、建物の中央や出入口を表示する役割もあります。

唐破風は使途によって2つの形式に分類できます

 

向唐破風

f:id:hineriman:20191019200830j:plain

向唐破風(むこうからはふ)は建物の正面側の庇として設けられます

古風な銭湯や劇場に使われることもあり、城郭建築では出窓の上に向唐破風を設けた例があるなど、寺社に限らず広く採用されている意匠です。

 

軒唐破風

f:id:hineriman:20191019194953j:plain

軒唐破風(のきからはふ)は建物の正面側の庇や軒の一部として設けられます。

向拝(正面の庇)に設けられた軒唐破風は、向唐破風と誤認されがちです。しかし、軒唐破風は破風板が軒の両端までカバーしきれていないので、ここで判別できます。

 

縋破風

f:id:hineriman:20191019200849j:plain

縋破風(すがるはふ)は向拝などの庇につけられる片流れの破風です。本体の屋根に片持ちですがりつくように付いていることが名前の由来でしょう。

庇がなければ発生しないものなので、流造のように屋根が庇を兼ねているような建築様式に縋破風はありません。

 

破風板の装飾(懸魚)

破風板には溝を彫って波や雲の意匠を加えたり飾り金具をつけたりすることがありますが、装飾として懸魚(げぎょ)という彫刻を付加することも多いです。

下の写真のようなものを総称して懸魚といいます。“魚”という字が水を連想させることから、鯱(しゃちほこ)と同様に防火のまじないとしての意味合いもあるとされます。

懸魚は配置される場所によって呼び名が変わり、形状や意匠も変わってきます。

f:id:hineriman:20191024192105j:plain

破風板のいちばん高い場所から垂れ下がるのが拝懸魚(おがみげぎょ)で、とくに断りなく懸魚と言ったらこれを指すことが多いです。

垂木を受ける桁(丸桁)の木口を隠すように配置されているのは、読んで字のごとく桁隠(けたかくし)です。木口を腐食から守る役割がありますが、桁隠が省略されている社殿・仏堂も少なくないです。

唐破風の中央から垂れ下がる懸魚のことをとくに兎毛通(うのけどおし)といい、非常に目立つ箇所なので派手に彫刻され、傾向として信州では鳳凰が彫られることが多いです。

 

まとめ

当記事の内容を要約すると、

  • 破風とは屋根の妻側のこと。破風には破風板が付けられる。
  • 破風には構造的なものと装飾的なものがある。寺社を見るときは装飾に惑わされないよう注意すること。
  • 破風板に付けられる彫刻を懸魚と言う。配置場所によって呼び名がある。

上記の3点になります。

寺社建築の魅力と言ったらやはり屋根の美しさだと思うのですが、破風はその引き立て役として不可欠な存在です。寺社建築を鑑賞する際は、破風板の意匠にも注意して見ることで、より深く楽しめるようになることでしょう。

 

以上、破風についてでした。