今回も東京都渋谷区の明治神宮について。
当記事では南神門、外拝殿などについて述べます。
南神門
三の鳥居の先には南神門(みなみしんもん)。
三間一戸、楼門、入母屋、銅板葺。
1920年造営、国重文。
下層。
正面3間で、中央の1間が通路となっています(三間一戸)。
通路の左右の柱間は、とくに何も置かれていません。
柱はいずれも円柱で、柱間は貫でつながれています。
頭貫の上の中備えは、中央は蟇股、左右は間斗束が使われています。
正面向かって左端(南西)。
頭貫には繰型のついた木鼻があります。
柱上の組物は二手先。
左側面。側面には袖塀があり、こちらも通路となっています。
南神門の側面は2間で、柱間は横板壁。
内部の通路部分の天井。下層は格天井が張られています。
通路上の頭貫の中備えは、こちらも蟇股が使われています。蟇股の上では、平三斗が桁を受けています。
開いた門扉を背面(北側)から見た図。
門扉は板戸で、花のような意匠の紋がついています。
上層の正面。
上層も正面3間。欄干の影になって見づらいですが、中央には藁座を使った扉があり、左右の柱間は連子窓となっています。
頭貫の上の中備えは、中央が蟇股、左右は間斗束。
組物は尾垂木三手先。
背面全体図。
上層の軒裏は、平行の二軒繁垂木。
南神門の左右には廻廊(まわりろう)がつづき、境内の中心部を囲っています。上の写真は南神門向かって右側の廻廊。
切妻、銅板葺。
南神門と同様に、1920年造営で国重文。
柱は面取り角柱で、柱上は舟肘木。柱間には連子窓が張られています。
妻飾りは豕扠首。破風板の拝みには懸魚。
外拝殿など
境内中心部の回廊で囲われた区画の奥には、外拝殿(げはいでん)が鎮座しています。一般の参拝者が進入できるのはここまでとなっています。
外拝殿は入母屋、銅板葺。
1958年再建。国重文*1。
正面の軒下。
柱は円柱が使われ、柱間は貫や長押でつながれています。
頭貫には木鼻がつき、中備えは蟇股。
柱上の組物は出組。
外拝殿の奥には内拝殿や本殿があり、内拝殿をのぞき込むことができますが、訪問時は神事の最中のため撮影禁止となっていました。
本殿については内拝殿のさらに奥に隠れていて、見ることはできません。本殿の建築様式は、古式を意識した神社でよく採用される神明造ではなく、一般的な様式である流造が採用されているようです。
外拝殿の左右につながる廻廊。
大正の創建時(1920年)のものと戦後の再建時(1958年)のものが混在しているようですが、いずれも「明治神宮」36棟として国重文です。
西神門周辺
境内中心部を囲う廻廊の西側にも、鳥居や手水舎があります。
西手水舎は、切妻、銅板葺。
1920年造営、国重文。
西側の妻面。
構造や意匠は、南手水舎と同様です。
廻廊の西側には西神門が西面しています。
一間一戸、四脚門、切妻、銅板葺。
1920年造営、国重文。
南神門は楼門形式でしたが、こちらは正面の門ではないためか、規模を小さくして四脚門形式としています。
正面向かって右(南西)の控柱。
控柱は面取り角柱。頭貫には木鼻。
柱上の組物は出三斗で、舟肘木を介して軒桁を受けています。
右側(南面)の妻面。
側面には冠木が突き出ています。
妻虹梁の上では、笈形付き大瓶束が、平三斗を介して棟木を受けています。
内部に天井はなく、化粧屋根裏です。
東神門周辺
西神門の反対側、廻廊の東側にも鳥居や手水舎があります。こちらは代々木駅方面へ通じる北参道で、授与所や祈祷受付なども設けられています。
鳥居の左手前には東手水舎。
切妻、銅板葺。
1920年造営、国重文。
東側の妻面。
こちらも西手水舎や南手水舎と同じ構造・意匠です。
鳥居の左右には玉垣。上の写真は向かって左(南側)のもの。
南神門の手前の鳥居(三の鳥居)の左右にも同様の玉垣がありましたが、こちらの玉垣も1920年造営で国重文です。
廻廊の東側には、東神門が東面しています。こちらの門は向かって右の廻廊が吹き放ちになっており、ほかの門よりも開放的な印象です。
東神門は、一間一戸、四脚門、切妻、銅板葺。
1920年造営、国重文。
構造や意匠は、反対側にある西神門とほぼ同じです。
東神門を出て北参道を進み、代々木駅方面へ向かうと、境内北側の出入口にも鳥居があります。
北鳥居は木造明神鳥居で、北向き。
鳥居向かって左手前には北制札。
切妻、銅板葺。
1920年造営、国重文。
様式、年代、制札の内容は表の参道(南参道)にあった南制札と同様です。
以上、明治神宮でした。
(訪問日2023/12/01)
*1:附:吊燈籠3基