今回は長野県長野市篠ノ井山布施(やまぶせ)の布制神社(ふせ-)について。
布制神社(山布施)は長野市篠ノ井の山間の集落に鎮座しています。
平安時代の『延喜式』に記載された神社のひとつと比定される式内論社であり、長野市篠ノ井には同名の神社が複数あります。社殿については北信によくある吹き放ちの拝殿と、コンパクトな一間社の神明造の本殿があります。
現地情報
所在地 | 〒388-8017長野県長野市篠ノ井山布施1(地図) |
アクセス | 長野ICまたは更埴ICから車で30分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
参道と拝殿
布制神社の境内は東向き。
鳥居は木製で鉄板の屋根がついた神明鳥居。扁額は「布制神社」。
社号標には「延喜式内 郷社 布制神社」とあり、式内社を主張しています。
拝殿は鉄板葺の入母屋(平入)。向拝1間。
正面側は壁のない吹き放ちになっており、参拝時は昇殿して礼拝します。
正面の軒先を支える向拝柱は、C面取りされた角柱。木鼻は、正面側が唐獅子、側面は象。
向拝柱(右)と母屋柱(左)はカーブした海老虹梁(えびこうりょう)でつながれています。なお、母屋柱は角柱。
海老虹梁の上では手挟(たばさみ)が垂木を受けていますが、手挟の彫刻は造形が粗くてあまり出来の良いものには見えません。
拝殿の内部は天井がないため、内部の梁や屋根裏を見ることもできます。
長さが不揃いの棒材が並んでいますが、これは垂木。
寺社建築の垂木というと、軒裏に整然と並んでいるのがオモテの姿なのですが、実際はただの化粧材であって強度にはほとんど貢献していません。なので外から見えるところだけ整えれば、見えないところは長さや成形が適当でも問題ありません。
いちおうフォローしておくと、見えない(あるいは見えにくい)ところで成形の手間を省くのは寺社建築では当たり前に行われており、重文や国宝クラスの建築でも例外ではありません。手抜きというよりは効率化というべきでしょう。
本殿
拝殿の裏には本殿が鎮座しています。
本殿は鉄板葺の一間社神明造(いっけんしゃ しんめいづくり)。神明造なので向拝はなく、室外に立てられた棟持柱が棟を支えています。
神明造は正面3間・側面2間が正式ですが、この本殿は正面1間・側面1間で略式の構造となっています。
造営年および祭神は不明。最古の神明造本殿(仁科神明宮)が江戸初期なのでこちらの本殿は江戸初期以降と見てまちがいないでしょう。また、神明造なので主祭神はアマテラスと思われます。
母屋の正面の扉の上には、蟇股(かえるまた)と思しき彫刻。半端な大きさなので、どこか別のところから持ってきたか、あるいは改築でこのようになったのでしょう。
母屋の正面には角材でつくられた木階(きざはし)が9段。本殿の規模のわりに段数が多いです。木階の欄干は擬宝珠付き。
大棟には千木と鰹木。千木は内削ぎで、平行四辺形の風穴が開口されています。
写真下に見切れている破風板からは、鞭懸(むちかけ)が突き出ています。
神明造なので軒裏は繁垂木ですが一重。
側面や背面は、彫刻はもちろんのこと一切の組物がありません。妻壁は四角い束が立てられただけの極めてシンプルな意匠。
縁側は4面にまわされており、床板は壁面と直交に張った切目縁(きれめえん)。欄干は跳高欄で、脇障子はありません。
室外に立つ棟持柱は、縁側すれすれのところを通っています。
背面の床下。
母屋柱は「床上は円柱だが床下は八角柱」という定番の手抜きがなされていました。
以上、布制神社(山布施)でした。
(訪問日2020/04/14)