今回は長野県上田市の東條健代神社(とうじょうたけしろ-)について。
東條健代神社は上田市街にある上田菅平ICのすぐ近くに鎮座しています。
古くは諏訪大明神と呼ばれていたようで、東信地方に数多くある諏訪大社の系統の神社の1つです。社殿は江戸後期に造られた本殿があり、本殿は各所に多数の彫刻や装飾が施されていて派手で見栄えのする内容となっています。
現地情報
所在地 | 〒386-0002長野県上田市住吉宮山1257(地図) |
アクセス | 上田駅から徒歩1時間 上田菅平ICから車で5分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
参道と拝殿
東條健代神社の境内は東向き。
入口の鳥居は両部鳥居で、前後の角柱が小さめのバランス。赤い笠木と島木に銅板の屋根がついています。扁額は「東條健代神社」。
拝殿は桟瓦葺の切妻(平入)。向拝1間。柱はいずれも角柱。
本殿
拝殿の裏には覆いのかかった本殿が鎮座しています。
本殿はこけら葺の一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。
案内板(神科まちづくり委員会)によると1796年(寛政八年)の造営。
祭神は、諏訪大明神なのでタケミナカタと八坂刀女。ほか、秋葉社や熊野社などを大正期に合祀しているようです。
正面の虹梁(こうりょう)の中備えは、雲間を飛ぶ鳳凰の彫刻。
鳳凰の両脇で軒桁を受けている組物は複雑なものになっています。
向拝の軒下を左から見た図。
向拝柱(写真右)は几帳面取りされた角柱。正面側(右のほう)の木鼻は唐獅子、側面(手前)は象。
向拝柱の上の組物は出三斗(でみつど)をベースとした複雑なもので、3つに分かれてそれぞれ軒桁を受けているのが特徴的。ここに軒桁を3本も使うのは珍しいです。
向拝柱と母屋柱をつなぐ海老虹梁(えびこうりょう)には竜が彫られており、ここは非常に装飾的。向拝側・母屋側ともに木鼻と同じ高さから出ており、高低差がほぼありません。
海老虹梁の上のほうの軒裏では、陰になっていて見えづらいですが籠彫(かごほり)された手挟(たばさみ)が垂木を受けています。
母屋の正面側は桟唐戸(さんからど)。戸の両脇にも彫刻がありますが題材不明。
母屋の左側面(南面)は円い窓のような枠に波と鶴が彫られています。
頭貫の木鼻は雲状の意匠のもの。頭貫そのものにも花を題材とした彫刻が施されています。
縁側に立てられた脇障子(写真左端)の彫刻は竹林と雉と思われる鳥。
反対側の右側面(北面)。
壁面は鶴、脇障子は竹林に雉。左側面と同じ題材ですが、こちらの脇障子はオスの雉でしょうか。
左側面の床下。
母屋の正面側には角材の階段が5段。階段の下には浜床が張られています。
母屋のまわりの縁側は、正面と左右の計3面にまわされています。床板は壁面と直交に張った切目縁(きれめえん)。欄干は跳高欄(はねこうらん)。
縁側の床下は木鼻のついた腰組で支えられており、腰組の下の束のあいだには馬の彫刻が配置されています。
妻壁の意匠も非常に豪華。
三手先の組物によって妻虹梁が持出しされ、妻虹梁の上ではさらに出組が置かれて小さい妻虹梁が持出しされています。その上では笈形(おいがた)が棟を受けています。
組物は三手先の出組ですが、ぐにゃりと曲がった形状の尾垂木が突き出ています。
出組で3回も持出しされた梁の下には、びっしりと並んだ巻斗(まきと)や波の意匠の彫刻が見られ、単調な繰り返しにならないよう工夫している様子。
背面の軒下にも抜かりなく巻斗や彫刻などの意匠が配置されています。
とはいえ、さすがにこちらの壁面には彫刻はありませんでした。
背面の床下。こちらには縁側がまわされていません。
母屋の柱は円柱ですが床下は八角柱になっていて、円柱を成型する手間を省いている様子が観察できます。
以上、東條健代神社でした。
(訪問日2020/04/14)