甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

長野県の古建築ランキング

当記事では、長野県に所在する建築のうち、とくに古いものの上位20件をランキング形式で掲載しています。

 

ランキングの作成にあたっては、以下の細則にもとづいて集計と順位付けをしています。

  • 2024年12月末時点における国の重要文化財(国宝を含む)と、長野県の県宝*1に指定された建築(建造物)を集計の対象とする
  • 市町村指定の文化財や、国の登録有形文化財は対象外*2
  • 木造の寺社建築だけでなく、石造物や、寺社以外のジャンルの建築も集計の対象とする
  • 建築の名称と年代は、文化庁データベースと八十二文化財団の記載にもとづく
  • 詳細な年代が不明な場合、ランキングではもっとも不利な条件で順位付けする
    例:鎌倉後期→鎌倉末年(1333年)とみなす
  • 複数棟をまとめて1件として指定されている場合、もっとも古い棟(もっとも有利な条件)で順位付けする

 

ランキング(すべての建築)

長野県の古建築の上位20件のランキングは下記のとおりとなります。

 

斜体太字:国宝太字:国重文、強調なし:県宝

01釈尊寺観音堂宮殿:1258年(堂内厨子)
04中禅寺薬師堂:鎌倉前期*3
04石造五輪塔*4:鎌倉前期(石造物)
04津金寺宝塔:鎌倉前期(石造物)
05文永寺 2基:1283年(石造物)
06仏岩の石造宝篋印塔*5:1311年(石造物)
09安楽寺八角三重塔:鎌倉後期*6
09常楽寺多宝塔:鎌倉後期(石造物)
09池口寺薬師堂:鎌倉後期
11大法寺三重塔:1333年
11石造龕*7:1333年(石造物)
12白山神社 4棟:1334年
13村松の宝篋印塔 2基*8:1365年(石造物)
16大法寺観音堂厨子及び須弥壇:室町前期*9
16福徳寺本堂:室町前期
16実相院宝篋印塔*10:室町前期(石造物)
17六地蔵石幢*11:1393年(石造物)
18浄光寺薬師堂:1408年
19白山神社本殿:1425年
20筑摩神社本殿:1439年

以上

 

ランキング(木造建築のみ)

先述のランキング(すべての建築)は上位の大半が石造物となりました。

集計の対象を木造建築のみに限定し、石造物を除外した場合、長野県の古建築の上位20件は下記のようになります。

 

斜体太字:国宝太字:国重文、強調なし:県宝

01釈尊寺観音堂宮殿:1258年(堂内厨子)
02中禅寺薬師堂:鎌倉前期
04安楽寺八角三重塔:鎌倉後期
04池口寺薬師堂:鎌倉後期
05大法寺三重塔:1333年
06白山神社 4棟:1334年
08大法寺観音堂厨子及び須弥壇:室町前期
08福徳寺本堂:室町前期
09浄光寺薬師堂:1408年
10白山神社本殿*12:1425年
11筑摩神社本殿:1439年
12葛山落合神社本殿:1465年
16大宮熱田神社若宮八幡宮本殿*13:室町中期*14
16国分寺三重塔:室町中期
16健御名方富命彦神別神社末社若宮八幡神社本殿*15:室町中期
16白山社社殿*16:室町中期
17法住寺虚空蔵堂:1486年
18八幡社境内神社高良社本殿:1491年
19大山田神社 2棟:1506年
20白山社奥社本殿*17:1509年

以上

 

以下は、ランキングにある建築のうち特筆すべきものと、長野県の古建築の傾向、ランキング圏外の建築について、筆者の私見を述べます。

 

特筆すべき建築

中禅寺薬師堂

中禅寺薬師堂

先述の2つのランキングでは釈尊寺観音堂宮殿が首位となりましたが、これは堂内におさめられた厨子です。屋外にある建築にかぎれば中禅寺薬師堂が首位で、一般的に「長野県最古の建築」といえばこちらになります。

詳細な年代は不明で、平安後期から鎌倉前期のものと考えられます。文化遺産オンラインのデータと先述の細則にもとづき1274年のものとみなしたため、ランキングでは同率4位(木造建築では単独2位)となりましたが、首位の釈尊寺観音堂宮殿より古い可能性もありえます。

長野県最古というだけでなく、中部地方最古の建築でもあり、東日本(中部以東)の木造建築の中でも五指に入る古さです*18

 

安楽寺八角三重塔

安楽寺八角三重塔

長野県に6棟ある国宝建築のうち、最上位に食い込んだのが同率9位(木造建築では同率4位)の安楽寺八角三重塔。ランキングでは1333年のものとみなしましたが、炭素年代測定の結果では1290年代の建築という可能性も示唆されています。

八角三重塔として国内唯一の現存例であるのにくわえ、最古の禅宗様建築のひとつ*19とされ、きわめて高い価値がみとめられます。

 

大法寺三重塔

大法寺三重塔

同じく国宝の大法寺三重塔は1333年造営で、11位(木造建築では5位)となりました。大法寺三重塔より上位の木造建築4件は、うち1件は堂内厨子、ほか3件は詳細な年代が不明です。よって、屋外にある木造建築にかぎれば、はっきりとした年代が判っているものは大法寺三重塔が県内最古となります。

「見返りの塔」とも呼ばれ、見た目の美しさに定評のある塔ですが、年代や工匠の名前まではっきり判っているという素性の明らかさも、評価が高い一因です。対して、大法寺三重塔よりランキング上位の中禅寺薬師堂(国重文)と池口寺薬師堂(県宝)が国宝になっていないのは、年代や素性が判然としないのが大きな要因かと思います。

 

長野県の古建築の傾向

上田市に古建築が集中

ランキング上位の建築は上田市、とくに塩田平と呼ばれる地域に集中しています。2つのランキングから上田市に所在するものを抜き出すと、以下の6件となります。太字は国宝または重要文化財です。

  • 中禅寺薬師堂
  • 石造五輪塔
  • 安楽寺八角三重塔
  • 常楽寺多宝塔
  • 実相院宝篋印塔
  • 国分寺三重塔

また、大法寺三重塔(国宝)のある小県郡青木村も塩田平と隣接しています。上田市とその近辺に鎌倉時代の建築が多いのは、鎌倉時代に塩田平を領した塩田流北条氏の影響と思われます。

なお、長野県の自治体のうち重要文化財(国宝を含む)の建築の件数がいちばん多いのは松本市(国宝2件 重文9件)で、2番目が長野市(国宝1件 重文7件)です。3番目が上田市(国宝1件 重文6件)と塩尻市(重文7件)です。上田市の重要文化財の件数は、突き抜けて多いわけではありません。

 

神社建築の傾向

ランキングのうち、神社建築でもっとも順位が高かったのが12位(木造建築では6位)の白山神社(大桑村)。白山神社は4棟の本殿が指定されていて、建築様式はいずれも標準的な流造です。

長野県の神社本殿は流造がほとんどですが、東日本ではあまり見られない春日造(隅木入り春日造)が北部に点在していて、長野県は春日造がやや多いといえます。対して、入母屋の本殿は例がほぼありません。

長野県にある重文および県宝の春日造は以下の6件となります。太字は先述のランキングに入っているものです。

  • 白山神社本殿
  • 葛山落合神社本殿
  • 白山社社殿
  • 健御名方富命彦神別神社末社若宮八幡神社本殿
  • 若一王子神社本殿(1556年)
  • 葛山落合神社境内諏訪社社殿(室町後期)

 

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(地方色ゆたかな春日造本殿の例(若一王子神社本殿) )

春日造のほか、ランキング圏外となりましたが、長野県には神明造の最古例である仁科神明宮本殿(大町市)と麻績神明宮本殿(麻績村)があります。流造の本殿も、細部意匠に禅宗様を取り入れるなど、独自の工夫が見られます*20。また、諏訪大社の社殿*21はいずれも諏訪大社に特有の社殿配置となっています。

総じて長野県の神社建築はバリエーションに富み、地方色ゆたかと言えます。

 

ランキング圏外の建築

長野県に国宝の建築は6件あり、その半分以上にあたる4件が圏外(21位以下)となりました。

 

松本城

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江戸前期の建築。天守としては姫路城に次ぐ規模があり、東日本最大の現存天守です。

城郭建築として非常に高い価値があるのは疑いようがありませんが、県内には室町以前の建築が多数あり、松本城はランキング圏外です。

 

仁科神明宮本殿

現存最古の神明造で、江戸前期のもの。

神明宮の本社である伊勢神宮も神明造ですが、こちらは式年造替で20年ごとに新築しているため、文化財にはなっていません。

 

善光寺本堂

江戸中期の再建。前後に長い特異な平面が特徴で、東日本で最大級の仏堂・木造建築です。

寺院としての創建は7世紀とされ、法隆寺に次ぐ歴史があるらしいですが、創建時の伽藍は現存しません。いまある伽藍はいずれも江戸以降のものです。

 

旧開智学校校舎

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(※画像はWikipediaより引用)

明治初期の建築。擬洋風建築として最古級の遺構。

ランキング圏外は当然の結果といえますが、旧開智学校校舎はその新しさにもかかわらず国宝に指定(2019年指定)されています。これは近代日本の過渡期の建築として、高い価値と希少性が認められたためです。この例からわかることは、建築の価値は古さだけでは評価できないということ、時代の経過により新たな価値や評価基準が見出される可能性があるということです。

なお、明治以降の建築で国宝に指定されているものは旧開智学校校舎をふくめて3件*22だけです(2024年末時点)。

 

以上、長野県の古建築ランキングでした。

 

参考

*1:県指定文化財に相当する

*2:市町村指定文化財や国登録有形文化財のほとんどは江戸時代以降のものであり、それらは長野県の場合いずれもランキング圏外(20位以下)と思われる

*3:1274年とみなす

*4:上田市舞田金王1007

*5:長和町大門追分3510

*6:1333年とみなす

*7:東御市下之城337

*8:青木村村松字生地

*9:1392年とみなす

*10:上田市真田町傍陽5921

*11:高山村牧字久祢下1061-5(明徳寺)

*12:飯山市照岡(地図)

*13:松本市梓川南北条(地図)

*14:1466年とみなす

*15:飯山市豊田伊豆木原3681-1(地図)

*16:釈尊寺(布引観音)境内に鎮座

*17:飯田市滝の沢(地図)

*18:中尊寺(岩手県)の伽藍、白水阿弥陀堂(福島県)、高蔵寺阿弥陀堂(宮城県)に次ぐ

*19:善福院釈迦堂(和歌山県)と功山寺仏殿(山口県)も最古の禅宗様建築とされる。

*20:八幡神社(佐久市蓬田)と大宮熱田神社本殿(松本市)は禅宗様木鼻が多用されている。若一王子神社本殿と筑摩神社本殿(松本市)は早い時期から大瓶束が採用されている。

*21:上社本宮(諏訪市)、下社 秋宮春宮(下諏訪町)、諏訪社(富士見町)

*22:ほかの2件は赤坂離宮(東京都)と富岡製糸場(群馬県)