甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【彦根市】井伊神社

今回は滋賀県彦根市の井伊神社(いい-)について。

 

井伊神社は彦根市街北端の山際に鎮座しています。

創建は1842年(天保十三年)。彦根藩主の井伊直亮が、井伊家の遠祖である井伊共保の750回忌の供養のため、井伊谷宮(静岡県浜松市)の分霊を勧請して彦根の龍潭寺*1の参道に祀ったのがはじまりです。当初は井伊大明神と呼ばれ、社殿も小祠だったようですが、1846年(弘化三年)に現在の社殿が造営され、1869年(明治二年)に現在の社号に改められました。1939年には、近くにあった佐和山神社(祭神は井伊直政など)が合祀されています。

現在の社殿(旧本殿など)は江戸後期のものが現存していて、覆屋の内部に保存されています。社殿は派手な彫刻で飾られた権現造で、市の文化財に指定されています。

 

現地情報

所在地 〒522-0007滋賀県彦根市古沢町1112(地図)
アクセス 彦根駅から徒歩20分
彦根ICから車で10分
駐車場 20台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 なし
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

参道

井伊神社の境内は南西向き。入口から南側へ50メートルほど行くと龍潭寺と清凉寺が、北へ100メートルほど行くと長寿院(大洞弁財天)があります。

右の社号標は「井伊神社」。

 

参道には石造明神鳥居。扁額は「井伊神社」。

 

社殿の手前は参道の幅が広がり、石畳が四半敷きとなっています。左右には礎石が各3つあり、門らしき構造物の痕跡が残っています。

礎石の配置から、建築様式は四脚門(主柱の前後に控柱を各2本立てるため、柱の数はつごう6本となる)だったと思われます。

 

本殿

門の跡地から参道を左(北西)へ折れると、現行の本殿が鎮座しています。祭神は彦根藩主井伊家の遠祖である井伊共保のほか、藩祖の井伊直政や井伊直孝が祀られています。

一間社流造、銅板葺。

2013年造営*2

 

向拝は1間。

頭貫の上の中備えは蟇股。内側の彫刻は若葉の意匠で、中央には井伊家の紋「丸に橘」が彫られています。

 

向拝柱は面取り角柱。

5段の階段が設けられ、その下には浜床が張られています。

 

向拝柱の上の組物は連三斗。軒桁を直接受けています。

向拝の桁隠しは猪目懸魚。

 

母屋柱は円柱。軸部は長押で固められています。柱上は舟肘木。

柱間は、正面は板戸、側面は横板壁。

妻飾りは豕扠首。破風板の拝みと桁隠しには猪目懸魚が下がっています。

 

背面の柱間は横板壁。

縁側は背面以外の3間に設けられ、側面後方に脇障子を立てています。

土台の横木は井桁に組まれています。

 

本殿向かって左には「血染めのすすき」なるススキが生育しています。

井伊直孝の家臣・安藤長三郎は大坂夏の陣で木村重成を討ち取り、その首級をススキの葉につつんで彦根に持ち帰ったという伝承があるようです。このススキは、木村重成の首級をつつんだススキの子孫の株とのこと。

 

旧井伊神社本殿、相の間及び拝殿

境内の中心部には、旧本殿などの社殿をおさめた覆屋があります。

社殿は金網と波板に覆われており、全貌を見ることはできませんが、金網のすきまから一部を観察することができます。

なお、毎年の春と秋に何日か公開期間があり、公開時は社殿の内部も見学できるようです。

 

覆屋の内部には、拝殿・相の間・旧本殿が一体となった社殿が鎮座しています。

権現造、屋根葺は不明(銅板葺?)。

1846年(弘化三年)造営。「旧井伊神社本殿、相の間及び拝殿」として市指定有形文化財。

 

上の写真は拝殿部分で、桁行3間・梁間2間、入母屋造、向拝1間、軒唐破風付。

 

向かって右の向拝柱。

向拝柱は上端が絞られた円柱。向拝柱は角柱をつかう場合がほとんどで、円柱を採用した例は非常にめずらしいです*3

向拝柱の側面には禅宗様木鼻。

柱上の組物は連三斗。桃山風の極彩色に塗り分けられています。

 

虹梁中備えは、大きな鳳凰の彫刻。

鳳凰の彫刻のうしろにも梁がわたされ、中央に大瓶束が立てられています。大瓶束の左右には雲の彫刻と丸に橘の紋がありますが、彫刻の左半分が欠落してしまっています。

 

母屋正面は3間。中央は桟唐戸、左右各1間は半蔀が設けられています。

縁側は、切目縁が正面と両側面にまわされています。欄干や脇障子はありません。

 

中央の柱間。

桟唐戸の上には彩色された虹梁がわたされています。虹梁の上の欄間は、雲間を駆ける麒麟。

頭貫の上の中備えは木鼻のついた平三斗。

 

向かって左の柱間。

蔀の上には長押が打たれています。長押の上の欄間は、波の彫刻。

頭貫には木鼻がつき、柱上の組物は出三斗と平三斗。

母屋柱は角柱が使われています。寺社建築では円柱のほうが格が高いため、たいていは「母屋柱に円柱、向拝柱に角柱」と使い分けるのですが、この社殿は柱の使い分けが逆転しています。このような建築は初めて見ました。

 

右側面。

側面は2間で、柱間は舞良戸。舞良戸の上の欄間彫刻は、波が彫られています。

頭貫の上の中備えは透かし蟇股。

軒裏は一重の繁垂木。

 

拝殿(写真左)の後方には、相の間と旧本殿(右)がつながっています。拝殿と旧本殿のあいだにある低い棟が相の間です。

相の間は、梁間1間?・桁行2間、両下造。

 

相の間の側面は2間。柱間は舞良戸。

柱上の組物は平三斗。中備えはありません。

相の間の部分には、縁側が設けられていません。内部については、土間床なのか板張りなのか不明。

 

反対側(左側面)。

舞良戸の上には黒い菱組みの欄間が張られています。

柱は角柱が使われ、長押が打たれています。

 

旧本殿部分は、桁行3間・梁間2間、三間社入母屋造。

 

側面は2間で、前方(写真右)は縦板壁、後方(左)は横板壁が張られています。

旧本殿と幣殿との接続部の柱間には桟唐戸。

 

母屋柱は円柱。軸部は貫と長押で固められ、頭貫には唐獅子の木鼻がついています。

柱上の組物は出組。頭貫の上の中備えは蟇股。桁下には軒支輪。

 

縁側は切目縁が4面にまわされ、欄干が立てられています。側面後方には脇障子が立てられていますが、羽目板が欠落してしまっています。

背面は3間。柱間は板壁。木鼻や中備えなどの意匠は側面と同様。

軒裏は平行の二軒繁垂木。

 

以上、井伊神社でした。

(訪問日2025/03/23)

*1:井伊谷宮の近くにも同名の寺院があり、どちらの龍潭寺も井伊家の菩提寺である

*2:境内案内板(彦根市教育委員会の設置)より

*3:筆者の知る範囲では、大宮熱田神社本殿(長野県松本市)、雲峰寺本堂(山梨県甲州市)がある