甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【彦根市】長寿院(大洞弁財天) その1 楼門と宝蔵

今回は滋賀県彦根市の長寿院(ちょうじゅいん)について。

 

長寿院は彦根市街の北側の山際に鎮座する真言宗醍醐派の寺院です。山号は大洞山。通称は大洞弁財天(おおほら べんざいてん)

創建は1695年(元禄八年)。藩主の井伊直興によって、彦根城の鬼門除けとして開かれました。当寺の伽藍の造営には、1688年に日光東照宮の改修を行った甲良氏(彦根藩領の宮大工)が動員されました。創建以来、彦根藩井伊家や庶民から篤く崇敬されました。

境内は山の中腹にあり、伽藍のほとんどは創建時のものです。大規模な本堂(弁才天堂)は寺院ではめずらしい権現造で、国の重要文化財に指定されています。また、楼門や阿弥陀堂などの4棟が県の文化財に指定されています。

 

当記事ではアクセス情報および総門、楼門、宝蔵などについて述べます。

本堂と阿弥陀堂についてはその2

奥之院と経蔵についてはその3をご参照ください。

 

現地情報

所在地 〒522-0007滋賀県彦根市古沢町1139(地図)
アクセス 彦根駅から徒歩25分
彦根ICから車で10分
駐車場 10台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
寺務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 40分程度

 

境内

鳥居

長寿院の境内は南西向き。

境内入口は2つあり、こちらの西側入口が正面かと思われます。

もうひとつの入口は南東の龍潭寺や井伊神社の方面にあり、駐車場はそちらに設けられています。

 

西側入口には石造明神鳥居が立ち、東海道本線(琵琶湖線)の踏切の先に参道が伸びています。

長寿院は寺院ですが参道に堂々と鳥居が立っており、神仏習合の時代のおもかげを色濃く感じさせます。また、後述の本堂も権現造(神社建築の様式)となっており、建築様式にも神仏習合の要素が見て取れます。

 

鳥居の扁額。

中央の文字の上部は、宝珠のような意匠になっています。

判読が難しいですが、右は弁の旧字(おそらく辯)、左は丙に見えますがおそらく天で、右横書きで「弁才天」かと思います。

 

東海道本線をわたると、参道の脇に地蔵堂があります。

入母屋造(妻入)、桟瓦葺、向拝1間、向唐破風、鉄板葺。

 

向拝柱は几帳面取り角柱。側面には象の木鼻。

柱上の組物は出三斗。

 

虹梁中備えは透かし蟇股。

蟇股の上にも虹梁がわたされ、大瓶束で唐破風の棟木を受けています。

唐破風の拝みには、蕪懸魚を兎毛通の形状にしたものが使われています。

 

内部は休憩所になっており、格子戸の奥に石仏が安置されています。

扁額は「子安地蔵尊」。

 

参道を進むと、石段の途中に二の鳥居があります。

木造明神鳥居。

扁額は「大寶王」。

 

総門

二の鳥居の先には総門。

四脚門、切妻造、本瓦葺。

造営年不明。江戸中期以降のものかと思います。

 

向かって左の控柱。

控柱は面取り角柱で、頭貫の位置には禅宗様の拳鼻がついています。

柱上は出三斗。

 

控柱のあいだには虹梁がわたされ、中備えは木鼻のついた平三斗。

 

内部の通路部分。

扉筋の主柱は円柱が使われ、主柱のあいだには冠木がわたされています。

 

冠木の上の中備えは、木鼻付きの平三斗。

その上に赤い虹梁がわたされ、彫刻の入った蟇股で棟木を受けています。彫刻の題材は波。

 

左側面全体図。

 

右側面。

側面は2間で、柱間に腰長押が打たれています。

 

主柱とその前後の控柱のあいだには、虹梁がわたされています。主柱の前後には腕木が突き出し、冠木をよけるようにして虹梁を持ち送りしています。

 

組物の上には妻虹梁がわたされ、妻飾りは笈形付き大瓶束。束の左右の笈形は、花のような意匠の彫刻になっています。

 

破風板の拝みには蕪懸魚。左右の鰭は若葉の意匠。

桁隠しは蕪懸魚。こちらも若葉状の鰭がついています。

 

総門向かって左には名称不明の境内社。

一間社流造、桟瓦葺。

 

向拝柱、母屋柱ともに角柱が使われ、柱上は舟肘木や実肘木など簡素な組物です。

装飾は、虹梁の透かし蟇股と木鼻、妻飾りの豕扠首、破風板の蕪懸魚が確認できます。

 

楼門(二天門)

総門の先には楼門が鎮座しています。別名は二天門。

三間一戸、楼門、入母屋造、本瓦葺。

1695年(元禄八年)造営。県指定有形文化財。

 

下層。

正面3間で、中央の1間はやや広く取られています。

左右の柱間には、毘沙門天と堅牢地天の像が安置されています。

 

向かって左の柱間。

柱は円柱で、柱間には飛貫と頭貫が通っています。頭貫には禅宗様の拳鼻。

柱上の組物は出三斗。斗に彩色の跡が見えます。

頭貫の上の中備えは蓑束。

 

中央の柱間。こちらは飛貫がありません。

中備えは蓑束が2つ配されています。

 

内部は赤い格天井が張られています。

内部の通路上も、中備えは蓑束です。

 

向かって右側の内部。

こちらは組物や蓑束の彩色が残っています。

 

下層背面。

細部の意匠は正面と同様。

左右の柱間には狐の像。

 

上層も正面3間。

軒裏は平行の二軒繁垂木。

 

背面。

柱間は、中央が板戸、左右が連子窓。

 

上層も円柱が使われ、長押が2つ打たれています。頭貫木鼻はありません。

柱上の組物は尾垂木二手先。中備えは下層と同様に蓑束。

 

上層右側面。

側面は2間で、柱間は縦板壁。

組物や中備えは背面と同様。

 

破風板の拝みには蕪懸魚。鰭は波状の彫刻。

妻飾りは虹梁と大瓶束。大瓶束は太く短い形状。虹梁の下には、宝珠の意匠の彫刻があります。

 

宝蔵

楼門をくぐると、向かって左に校倉造の宝蔵があります。

校倉造、入母屋造、本瓦葺。

1695年造営。県指定有形文化財。

 

壁面は五角形断面の校木を積み上げて構成されており、校倉造の特徴であるぎざぎざした外観となっています。

正面中央には桟唐戸。

軒裏は一重まばら垂木。

 

右側面。

こちらは建具や窓はありません。

入母屋破風は、妻面に板が張られ、破風板の拝みに鰭付きの蕪懸魚が下がっています。

 

柱はいずれも角柱が使われています。

校木の下には四角形断面の横木(台輪)がわたされ、柱から大きく突き出しています。

 

宝蔵向かって左には名称不明の境内社が2棟。

 

宝蔵のすぐとなりにある桟瓦葺の棟。

一間社流造、桟瓦葺。

柱はいずれも角柱。向拝柱には象鼻、破風板には懸魚が使われています。

 

銅板葺の棟。

一間社流造、銅板葺。

向拝柱に木鼻が、母屋正面に桟唐戸が使われているほか、縁側が3面に設けられています。

 

楼門と宝蔵については以上。

その2では本堂と阿弥陀堂について述べます。