甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【近江八幡市】沙沙貴神社 後編 本殿、権殿

今回も滋賀県近江八幡市の沙沙貴神社について。

 

前編では楼門、拝殿などについて述べました。

当記事では、中門と透塀、本殿、権殿などについて述べます。

 

中門と透塀

拝殿の先には、中門と透塀に囲われた本殿が鎮座しています。

中央手前の中門は、桁行3間・梁間2間、切妻、正面千鳥破風付、正面軒唐破風付、銅板葺。

左右につながる透塀とともに1848年(弘化五年)再建で、県指定有形文化財です。

 

中門は正面3間。

柱は角柱が使われ、柱上は出三斗です。頭貫の上に中備えはありません。

 

中央の唐破風部分の軒下には、蟇股が使われています。

蟇股の彫刻は唐草のような題材で、抽象的かつ古風な意匠です。

 

中門とともに本殿を囲う透塀は、桟瓦葺です。

柱は角柱で、柱間は貫と長押でつながれ、欄間には菱組みの連子が張られています。

 

本殿

中門の後方には、非常に大きな本殿が鎮座しています。

祭神はスクナビコナ、大彦命、仁徳天皇、宇多天皇とその子の敦実親王。これら5柱をあわせて佐佐木大明神というようです。

 

桁行5間・梁間3間、五間社流造、向拝3間、銅板葺。

1848年(弘化五年)再建。県指定有形文化財。

 

向拝は3間あり、角材の階段が7段設けられています。階段の下には浜床が張られ、簡素な欄干が立てられています。

 

母屋の正面は5間あります。おそらく、5つある間口に佐佐木大明神(5柱の神)をそれぞれ祀ったのでしょう*1

このように正面が5間ある本殿は、五間社(ごけんしゃ)といいます。神社本殿はほとんどが三間社か一間社で、五間社は非常にめずらしいです。

 

向拝柱は上端が絞られた几帳面取り角柱。側面に象頭の彫刻がついています。

柱上の組物は出三斗と連三斗。隅の柱には連三斗が使われています。

虹梁中備えは蟇股。彫刻が入っていますが、正面側に中門の屋根があるため詳細な観察はむずかしいです。

海老虹梁は向拝柱の上から出て、母屋前室(写真右)の頭貫の位置に取り付いています。

 

母屋の側面は3間。

3間のうち、前方の1間通りは外陣に相当する前室です。後方の2間は内陣に相当する部分で、縁側が高く造られています。このような前室付きの本殿は滋賀県内でよく見られます*2

 

写真中央の角柱は前室の柱で、几帳面取りされています。頭貫には唐獅子の木鼻が付き、柱上は出三斗です。

前室の正面の柱間には菱組みの格子が張られ、虹梁中備えには蟇股があります。

 

後方2間の内陣部分。

こちらは円柱が使われています。柱は上端が絞られ、頭貫と台輪に禅宗様木鼻があります。

柱間は板戸と横板壁。

柱上の組物は出組。台輪の上の中備えは蟇股。

 

妻飾りは笈形付き大瓶束。笈形は菊水の彫刻。

破風板には猪目懸魚が下がっています。拝みの懸魚の鰭は、菊のような意匠。桁隠しの鰭は波の意匠です。

 

背面。正面と同様に、背面も5間あります。

柱間はいずれも横板壁。

縁側は切目縁が4面にまわされ、背面の壁の筋に脇障子を立てています。欄干は親柱に角柱が使われていて、あまり見かけない意匠のものです。

 

背面にも、台輪の上に蟇股があります。日が当たりにくいためか、側面のものより彫刻の状態が若干良いように見えます。

 

背面中央の中備えの蟇股。

彫刻の題材は沢潟(オモダカ)。ほかの蟇股の彫刻も、植物を題材にしたものでした。

 

権殿

本殿向かって左側(西側)には、権殿が並立しています。

祭神は、母屋東側(向かって左)が乃木希典、中央は佐々木源氏の一族、西側は当地から出征した戦没者3700余名が祀られています。乃木希典は、佐々木氏を祖先に持つためここに祀られているようです。

 

権殿は、桁行3間・梁間3間、三間社流造、向拝1間、銅板葺。

1848年再建。県指定有形文化財。

 

向拝柱は、上端が絞られた几帳面取り角柱。側面に獏の木鼻があります。

柱上の組物は連三斗。

 

虹梁にはしめ縄がかかり、中備えに唐獅子の彫刻が置かれています。

 

母屋は側面3間で、前方(写真右)の1間通りは前室となっています。前述の本社本殿(沙沙貴神社本殿)と同様の構造をした、前室付きの本殿です。

後方の2間は内陣で、床や縁側が高く造られています。

 

前室の正面は3間。中央には扉が設けられ、左右は菱組みの格子が張られています。

柱間は、長押と虹梁でつながれています。

 

前室の柱(写真中央右)は几帳面取り角柱。正面と側面に唐獅子の木鼻があります。

内陣の柱(写真左)は上端が絞られた円柱。頭貫に象鼻が付いています。

 

内陣の柱の上には台輪が通り、組物は出組、中備えは蟇股です。

妻虹梁の上では、笈形付き大瓶束が棟木を受けています。笈形は波の意匠の彫刻となっています。

 

破風板の拝みと桁隠しには、蕪懸魚が下がっています。左右についた鰭は波の意匠。

 

権殿を後方から見た図。写真右が権殿、左奥が本社本殿です。

大型の流造本殿が2棟並び、壮観の景色です。

 

境内社

本社本殿(写真右)と権殿(左)のあいだには「少彦名神」と書かれた門があり、奥に紙垂のついた石碑が立てられています。

 

権殿向かって左側(西側)には多数の境内社が並立しています。

境内北西の区画の入口には石造明神鳥居が南面しています。扁額は「吉方恵方之神」。

 

鳥居の先には八角形の小堂があります。

八角円堂、銅板葺。

8面すべてに扉が設けられ、扉の上の扁額には招福云々と書かれていました。

 

境内西端には5棟の境内社が東向きに並立しています。境内社はいずれも一間社流造。

社名は、向かって左から、少童神社、影友稲荷神社、賀茂別雷神社 賀茂御祖神社、八坂社、愛宕社。

 

境内北端、本社本殿の裏手には、十二支の石像が並んでいました。

 

以上、沙沙貴神社でした。

(訪問日2024/02/17)

*1:ただし、宇多天皇と敦実親王はあわせて第4座に祀られているため、佐佐木大明神は全部で4座で、1間に1座祀った場合は間口の数と合わない

*2:苗村神社西本殿や園城寺新羅善神堂が代表例